サキュバスクイーン

夜更一二三

この記録を読むあなた方に向けて




 まず初めに、あなた方にこの記録を残す私が何者なのかを名乗るべきだろう。


 世界はとても複雑で、思想の違いである言葉を使えば不満を感じる者もいる。

 必ずしも誰しもの心象を損ねない言い回しなどない事を承知の上で、言葉を選ばせてもらう。


 私は"恋を見守るもの"。

 あなた方とは違う世界におり、あなた方の世界を含めた多くの世界を眺める立場にあるもの。


 私がここに残すのは"ある世界"の記録である。

 更に細かく言うのであれば、"ある世界"に住まう"ある女の子"の記録だ。


 "ある世界"というのは、国だとか、星だとか、そういった区分とはまた別の括りだと思ってくれていい。たとえばあなた方が絵本などに見る世界。そもそもの座標が違っているような、そんな括りだ。

 あなた方の世界における言葉で喩えるならば"異世界"、"パラレルワールド"、"空想"……うまく、あなた方の世界の表現が言語化できているだろうか? ―――まぁ、そんな感じだ。


 言語化、という単語を出したついでに補足しておこう。

 この記録は見る者によって表現が、言語が変わる。

 あなた方……あなたが見るこの記録は、あなたの世界に則した形で表現されている筈だ。


 あなたの世界では"林檎"という赤く瑞々しい甘い果実があるだろう。

 これは彼女の世界では"【言語化に失敗しました】"と呼ぶ。

 ここだけは言語化を外して記録してみた。うまく言語化できているであろうか? できていなければ、この世界にはない発音であると思ってくれていい。

 

 このように、彼女の世界での表現や言語のままで記録を残しては、あなた方には解読できないだろう? そのための言語化だ。

 "【言語化に失敗しました】"は、あなた方がこの記録を見た時は"林檎"と変換される。特殊な発音の固有名詞も、あなた方の世界で発音可能な文字列に変換される筈だ。


 また、あくまでこれは"私が記載する物語"だ。

 極力は俯瞰した視点にて客観的な記録を残そうと思うが、時折主観的な感想が入り混じる事もあるかも知れない。

 これはこの記録を残す目的上、当然すべき配慮であるが、あなた方に問い掛ける私もまた個人である。感情が出てしまう事は大目に見て欲しい。




 ……さて、長々と前置きを書かせてもらったが、そろそろ本題に入ろう。


 まずはこの記録を残す目的について。

 これが"ある世界に住むある女の子"の記録である事は先にも述べた。

 この記録を残す私の目的は……あなた方に彼女の記録を見て貰う事で、考えて欲しいのである。そして、教えて欲しい。


 あなたなら彼女を許す事ができるのか。

 あなたなら彼女を理解する事ができるのか。

 あなたなら彼女を認める事ができるのか。

 あなたなら彼女を愛する事ができるのか。


 こういった偏見を持ったままに判断はして欲しくないのだが、この目的の意味を理解してもらう為には必要な情報だろうから先に言っておく。

 彼女の世界での、最終的な彼女という存在の評価は"大罪人"、"悪魔"、"怪物"……そういったものである。


 あなた方にとっても、彼女はそういった存在で片付いてしまうのか。

 それとも、異なる世界に住まうあなた達には、彼女は別の存在として映るのか。

 

 私は彼女に同情しているのかも知れない。

 ……これ以上は私の感想を混ぜるべきではないだろう。あとはあなた方に判断して貰いたい。





 それでは、ここから彼女の記録を綴っていこうと思う。






 これは、優しい願いから始まる恋の物語。


 ―――人は彼女を"サキュバスクイーン"と呼んだ。




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