第5話 神様は悪い

「駄菓子なるものを食べてみたいのじゃ。近所の子らがそれはそれは楽しそうに食べておるのを見たことがあってなぁ。『こんびに』なるところも美味なる物が集まるところらしいぞ。お前は知っておるか?」

 神様の口から駄菓子やコンビニという単語が出て来るとは思わなかった。

 だから思わず吹き出してしまった。


「何を笑うっ! 真面目に答えてやったのに今更できぬとか言うつもりじゃないだろうな?」

「い、いや違うよ。もっと凄い物を言われると思ったからさ。そんな庶民的な物が食べたいなんて……神様らしくなさすぎてさ」

「……とはなんだ、とはっ。どんな物を所望すると思うたのだ?」

 改めて問われるとどんな物が神様のか分からなかった。

 伊勢海老とか高級な肉とか?

 野菜や米や酒ばっかりお供えしているから、それ以外の高級食材かな、と思ったが、まさか駄菓子とは。


「もっと高い物だと思ったんだよ。でも良かった。なんでもって言ったけど、あんまり高い物を所望されても高校生のお財布事情的に困るからなぁ」

「そうであろう? お前の懐事情はよく知っておるわ。遠慮してやったのだ」

 なぜだかそう威張るノエにまた吹き出しそうになったが、そこはグッと堪え、俺はコンビニを目指した。


 俺が小さい頃にこの近所で見つけた駄菓子屋は今はもう潰れてしまっている。

 だが、今時のコンビニにも少しだが駄菓子を売っている。

 大きなショッピングモールにも駄菓子屋が復活していたりするが、生憎この近所にそんなものはない。

 なので、コンビニで買えるだけ駄菓子を買うことにした。


 コンビニはこんな田舎ではラッキーなことに徒歩五分程度のところにある。

 ご近所さんが数年前に始めたのだ。

 駄菓子をカゴに入れ、店内を一周してノエが何が好きか考えたが、神様の好みなんて分からない。

 とりあえず俺の好みで適当にカップラーメン、スイーツ数個、チルド弁当、サンドイッチ、アイス、ドリンクをチョイスし、レジで肉まんと唐揚げやコロッケなどを注文し、財布の中身はカラになった。

 両手に袋を持ち、急いで神社に戻ると、鳥居のところで並んで座って待っていた二人が待ちきれないとばかりに立ち上がって早く早くと急かす。

 そんな二人と一緒に祠の中に入り、袋を床に下ろした。


「溶けるからまずアイスからな」

 我ながらアイスはちょっとミスったと思った。

 そう、アイスは溶ける。

 でも肉まんは温かい方がおいしい。

 でも、アイスは溶ける。


 だが、ノエもコマも初めて見るアイスを本当においしそうに食べた。

 そんな二人の反応がかわいくて、面白かった。

 買って来たものを一通り見せて説明したところで、次なるノエの望みを叶えるべく、俺は一度母屋に戻り、あるものを手に戻って来た。


「じゃーんっ!」

 そう言ってノートパソコンを見せたが、案の定、二人はきょとんとしている。

「これがあれば世界中を旅できるんです」

 そう言って俺はノートパソコンの画面に地図を表示する。

 イラストから写真へと表示を変え、この神社から出発し、近所の道を移動する。

 まるでライブカメラの映像のようにノエには映ったに違いない。

「すごいの、すごいのぅ」

 思わず身を乗り出し、目を輝かせ、はしゃぐノエを見ていると俺まで嬉しくなってくる。

 コマも俺達二人の間から顔を突っ込んで「見せて見せて」と食い入るように画面を見つめている。


「この近所だけじゃなくて……」

 パソコンを操作してどんどん視点を引きに変えていく。

 この町からどんどん引いて日本地図を見せ、そこからさらに引いて世界地図を見せた。


「広いのう。こんなに広いところに私達はいるのか」

 ノエから感嘆に似た溜息が漏れる。

 中国、ロシア、アメリカ、ヨーロッパの国々……

 いろんな国のいろんな街を覗いて、俺達は世界旅行を楽しんだ。

 ノエもコマもお菓子を頬張るのを忘れ、画面に見入っていた。

 世界遺産から遊園地の中も見て回り、俺自身もすっかりこの旅を楽しんでいた。


 だから、画面ばかり見つめてノエを見るのを少しの間忘れていた。


「で、ここが……」

 そう言って振り返った先にノエの姿もコマの姿もなかった。

「ノエ? コマ?」

 祠の中には俺一人しかいない。

 出て行った様子もないし、第一黙って出て行くとは思えなかった。

「ノエ?」

 祠を出て外を見渡す。

 だが、二人の気配はなかった。

 境内を一周し、くまなく探し回ったが、二人を見つけることはできなかった。

 嫌な予感がした。


「信仰を集められない神様はな、消えてしまうんだ」


 ノエはそう言っていた。

 消えてしまう、と。


「ノエッ」

 叫んでも答える声はなかった。


 そして、翌日もノエはいなくて、俺は家に戻らなきゃいけなかったけど、夏休みの間、両親と祖母ばあちゃんに無理言って田舎で過ごさせてもらった。

 だが、ノエとはそれきりだった。



 あれから一年が経った。


 俺は高校卒業後、祖母ちゃんと一緒に暮らしている。

 毎朝、神社で柏手を打ち、祈りを捧げるのが日課だ。

 信仰が神様の存在を支えているのなら、俺だけの信仰じゃ足りないだろうけど、いつかきっとノエが戻って来るように、と。

 そう願って俺は神様ノエを信じて日々を過ごしている。

 俺は例え氏子がいなくなろうとこの神社を継ぐと決めた。


 第二志望は夏休み明けに変えた。

 神主になる為の大学は少なくてここから通えなかったから、養成所に通うことに決めた。

 両親は当然猛反対したが、第一志望に受かったら好きにしていいと約束し、見事受かったので好きにしている。

 両親は困り果てているが、祖母ちゃんは心なしか喜んでいるように見えた。


***


 余談だが、神様の名は巨勢姫こせひめ

榎本えのもとさん』という愛称で親しまれていた。

 それを俺が幼い頃『榎本』の名前から『エノ』と略し、それがいつしか『ノエ』に変化し、ノエもその愛称を気に入っていた。

 神社の名前は榎本神社。

「寿命を守り給う神様」として健康長寿を願う人々が参拝しに来ていたらしいが、その神様が消えてしまったとあってはこの神社の沽券に関わる。


 それ故、俺は「本日、神様不在につき」と前置きを心の中でしている。

 あれが最後の別れだなんてノエも人が悪すぎる。

 せめて駄菓子の感想と世界旅行の感想くらい聞かせて貰わないと。


 そうやって今日も柏手を打ち祈る。

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本日、神様不在につき。 紬 蒼 @notitle_sou

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