第4話 神様は居心地が悪い
人のように過ごしたい。
それがノエの、神様の願いだった。
ノエとコマの話を要約すると、ノエは昔は違う土地で神様をしていたが、土地を交換したせいで人の少ない場所へ移り、耳が悪いせいでその土地さえもほとんど奪われ、今や神様としての存在価値も風前の灯火という状態らしい。
そこでその存在が消えてしまう前に「人のように過ごしたい」と言っているのだ。
人の信仰の深さ、強さ、厚さ……そういったものが神様の力の源であり、また神様として存在し得る為に必要なものだという。
この神社の孫である俺自身、何の神様を祀っているのか、神社の名前さえも知らない有様だ。
氏子だって祭りだと言っても祖父母世代の数軒が集まる程度だ。
神社は初詣や七五三などに参る程度で、それも氏子としてではない。
それにどうせ神社に参るなら大きな大社や神宮のようなところを選ぶ。
うちのような小さな神社に参拝しようなどという人は年々少なくなっていくばかりだ。
ノエを助けるには氏子を増やさなければならないが、それは俺一人の力でどうにかなることではない。
努力でどうにかなることは多い。
でも、努力だけではどうにもならないことが多いのも現実だ。
ならせめてささやかなノエの願いを叶えてやりたい。
そうは思うが。
「人のようにって……具体的には何がしたいんだ?」
「まずはここから離れて街中を散策してみたいのう。それから何か美味いものを食べたいし……」
そう言ってノエはふと目を細め、思い出すように遠くを見つめた。
「あの頃は毎日が楽しかった」
「あの頃?」
「そうじゃ。お前と一緒に遊んでおった時じゃ。鬼ごっこやかくれんぼなる遊びは面白かった。単純だが永遠と遊べる気がしておったよ。遊びが終わるのがいつも寂しかったが、また次の日も会えると思うと……」
そこでノエは懐かしむように黙り込んだ。
ここには一時期だけいた。
でも、ノエはずっと一緒に遊べると思っていた。
何も言わずにいつものように夕方別れてそれきりだった。
次の日もノエはいつものように境内で俺を待っていたのだろうか。
そしていくら待っても来ない俺をどう思っただろう?
裏切られたと思ったのだろうか。それとも恨んだだろうか。
境内にコマと二人並んで座って待つノエの姿を想像して、俺は胸が締め付けられる思いがした。
俺は子供だったとはいえ、なんて残酷なことをしたのだろう?
よし!
鬼ごっこやかくれんぼならこの境内でもできる。
街を散策するのだって……ちょっと俺が変な人に見られるだけだ。
それなら意外とそう難しいことではないかもしれない。
たった一日。
ノエの願いはたった一日だけのことなのだから。
「じゃあノエのしたいこと全部しよう! 鬼ごっこでもかくれんぼでもお散歩でも……全部!」
「本当か?」
ノエは俺を見上げて目を輝かせた。
「ああ、もちろん! 何がしたい?」
「まずはここから出たいのう」
そう言ったノエの手を掴み、行こう、と促す。
ノエの手は温かくて柔らかくて小さかった。
弾むように歩き出したノエだったが、鳥居の前まで来て、ふとその足が止まる。
きっと国境を越える時のような気持ちなのかと思ったが。
「……やっぱり……出られないようじゃ」
ぽつり、寂しそうに呟いてノエは恨めしそうに鳥居を見上げた。
ずっとここにいた、ということではなく、ずっとここから出られなかったということか。
ん?
いや、待て、でも。
「ノエは違うところからここに来たんじゃなかったっけ?」
そうだ。
確か夢でそんな話をしていた気がする。
「あれはな、土地交換の儀を行ったからじゃ。それに……ここはその神様の分社でな。私はな、その神様の偽物じゃ。信仰のない紛い物は力もない故……
「偽物?」
「……信仰を集めている力ある神様の社というのはな、あちこちに建てられておろう? その全てに同じ神様が常におることなど、いくら神様とはいえ不可能じゃ。故に人々の信仰の強さによって紛い物の神様が生まれるのじゃ。紛い物というと聞こえが悪いが……例えるなら分身のようなものじゃな。熱心な神様は時折分社にもいらしてくれるが、ここは忘れられておるようじゃ。きっともう……なくなるとでも思うておられるのやもしれん。ここには
ノエは寂しそうにそう言って俯いた。
コマが鼻を鳴らしてノエにそっと寄り添う。
そんなノエを見ていると、どうやってでもここから連れ出したくなった。
鳥居を壊せば出られるんだろうか?
それとも
罰当たりと言われようが、ノエの願いを叶える為なら何だってしてやる。
「どうやったら出られるんだ?」
「無理じゃ。何をしても無駄じゃ」
「土地交換の儀って……」
「神様同士でないとできん。それにそれをやったのは私じゃない。本物の神様の方じゃ。私にはできぬし、私はここしか知らぬ。ここを出たこともないわ」
「でも他に何か……」
「気持ちはありがたいが無理じゃ。ここで一緒にかくれんぼでもしてくれるか?」
「それは勿論、いくらでも……だけど……」
言いかけてふと気づく。
そうだ、出られないならここに持って来ればいい。
「ノエ、何が食べたい? どこに行きたい?」
「……カズキ? 私はここから出られぬと……」
ノエとコマが何を言い出すのかと小首を傾げる。
「出られなくても大丈夫だ! 食べたいものがあるならここに持って来るよ。行きたいところがあるなら見せてあげるよ」
「食べ物は分かるが……行きたいところを見せるとはどうするのじゃ?」
そこで俺はフッフッフ、と笑った。
「今はね、ここにいながら世界中どこへでも行けるんだよ?」
「本当かっ? 神様にもできぬのに?」
ノエの目が再び輝く。
コマの尻尾も千切れんばかりに揺れている。
我ながら名案を思いついたもんだ、と心の中で自画自賛する。
「ああ。だから、何でも言って。ノエのしたいことをしよう!」
「じゃ、じゃあ……」
ノエは少しドキドキした様子で上目遣いに俺を見た。
そして、その口から出たお願いは。
なんとも可愛らしいものだった。
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