言葉の喪
キジノメ
言葉の喪
言葉を失い、それの喪に服し生きている。
失ったのは、一ヶ月前だと思う。何も私の中から、言葉が息を吹きかけたように、綺麗さっぱり消えたわけではなかった。言葉はちゃんと、覚えている。話すことだって、敬語を使うことだって出来る。小説だって読める。
出来なくなったことは、文字を書くことだった。
ペンを握ると力が何故か入らなくて、ペンが紙を滑る。それでも書いていると頭が真っ白になり始めて、次の言葉が分からなくなる。
パソコンでも同じだった。タイピングはまだ出来るけれど、文字が脳内に浮かばない。どうにか書いても、主語と述語がぐちゃぐちゃだったり、誤字が酷かったりする。
不思議に思ったし、その頃は同人誌に出す予定の小説が書きあがっていなかったから、とても困った。
困ったけれど、書けないものは、書けない。
編集担当の人に謝って、書けないならばとネットの世界から離れた。あまり深く考えず、のらりくらり高校に通いながら、一ヶ月。
失われた言葉を、頭の片隅で憶いながら一ヶ月。
それでも言葉は戻ってこなくて、少し寂しかった。
一ヶ月前は、あんなに書けていたのに。どうして書けなくなってしまったんだろう?
理由もよく分からなくて、項垂れている。多分、お医者さんに行けば精神的なものって分かると思うんだけど、今のふわふわした状態を現実にしたくなくて、行ってなかった。
そう、ふわふわしていた。手から生まれない言葉は現実も固定しない。聞いた言葉はその一瞬で空気に溶けるから、まるで生きている実感がなかった。夢みたい。ふわふわと、過去を保存しない私の心。
筆箱をあまり開けなくなって、国語の授業は退屈になってしまった。
読むことは出来るし、自分の意見を言うことも出来る。だからそこまで困ったことはないけれど、いつも何かしら書いていたから不思議な感覚だった。私は、授業を受けているのかしら。ちゃんと、受け止めて聞いているのかしら。
その日の国語の授業もぼんやりと座っていれば、先生が原稿用紙を配り始めた。
「今日は小論文の練習をします。今から書き方言うので、よく聞いてね」
あ、と前から送られてきた原稿用紙を一枚取りながら苦笑いする。どうしよう、どうしようもない。この授業は、受けられない。
それでも、ちょっと書いてみようかな。最近、書こうとすらしていないもの。書けるかもしれない。
「まず今回のテーマは……」
先生の言葉をあまり聞かずに、シャーペンを握って原稿用紙に向き合う。大丈夫、まだ、握れているもの。何を書こう。そうだ、黒猫のことでも書こう。
晴れの日に、前を、横、ぎ、っ、……た、……。
ねこ、まで書けずに、ぽろりとシャーペンが手から落ちた。力が抜けていく。もう一回、もう一回だけ。けれどシャーペンを握り直した手はがたがた震えていて、ねこ、ねこ、と思うのに漢字が思いつかなかった。
思わず息が詰まる。
やっぱり書けないんだ。
ため息をついて、手を挙げる。気持ち悪いんです、保健室に行きます。先生は疑いもせず私を教室の外に出した。
ちょっと、どんよりしてる。
だってもう、一ケ月。なにか大変な病気に罹ってしまったのかな。やっぱり病院に行くべきなのかな。でも、だって、書けなくなっただけなんだもの。きっと大丈夫なのに、どうして病院に行かないといけないんだろう。これからずっと、書けないままなのかな。
気分は落ち込んでいるけれど気持ち悪いわけでもなくて、屋上に向かった。ちょっとのんびりしよう。でも、のんびりして何か変わるのかな。
やめよう。悲しくなるだけだ。
4階からもう一段上がって、天文部の部室を横目に屋上に出る。この天文部は毎時間の様に観測を行っているから、いつも屋上の鍵をかけていない。知っている人は少ないけれど、知っている人にとっては絶好のサボり場所。
開けた瞬間、ごぉっと風が吹き抜けた。髪を押さえつけて空を仰ぐと、夏特有のアクリル絵の具を塗ったような、きっぱりした青い空が広がっている。今日は空気の調子が良いみたいで、ここからは遠い富士山がうっすら見えた。その手前は林のようになっていて、密集するオレンジ屋根の一軒家。隙間を縫うように一般道路が走っていて、私の住む町が広がっていた。
もっと見ようと手すりに近づいていくと、突然呼び止められる。
「サボり?」
左にいたのはクラスメイトの青久くんだった。あおひさ、なんて珍しい名字だから、よく覚えてる。髪は茶髪で制服のネクタイも着崩しているから、なんだか私とは違う世界のイメージの人。一回だけ席が隣だったから、話したことはあった。でもその回数も少なくて、そもそもあんまりクラスにいる姿を見ない。こんなところにいたんだ。
「うん」
目を前に戻して、それだけ言った。ふふ、と青久くんが笑った声が風に乗って聞こえた。
「今、国語だよね?」
「よく時間割なんて覚えてるね」
「馬鹿にしないでほしいな。国語は特に出たくないから、ちゃんと注意してるんだよ」
「先生、嫌いなの?」
「ううん? 先生じゃなくて、教科書が嫌い」
あっけらかんと言うから、思わず彼の方を向いてしまう。彼は楽しそうに笑っていた。
「他の科目だって、社会系は嫌い。数学は、出てもいいかな」
「……そういえば、数学は出てるね」
記憶を振り返れば、そういえば数学の授業では、前方に彼の茶髪が見えた気がする。校則が厳しいのに茶髪にしているのなんて、青久くんくらいだもの。
「なんで?」
「数学はね、分かるから」
「文系が苦手ってこと?」
「ちょっと違う。俺が苦手なのは、文字」
文字、という言葉に胸が跳ねた。今の私も、そうだ。書けないもの。
「……読むのが苦手ってこと?」
「そうそれ! 聞いて覚えるのとか平気だけど、長時間文章読んでられないんだ。だから逃げてる」
あまりに軽く言うから、文字が書けないことでちょっと寂しくなってる自分がおかしいのかと思ってしまった。思わず不安になる。
「……嫌に、ならないの? 文字が読めない事」
「昔からだし、勉強の仕方は他にあるからね。そんなに。ちょっと鬱陶しいけど」
軽く言って受け流す彼を、かっこいいと思った。すごい、私はけっこう嘆いていたのに。
どんなにのらりくらりと気にしないようにしても、常に書けないことを気にして、悲しくなっていたのに。
よほど目の色が変わったんだと思う。いたずらっぽく青久くんは笑った。
「楽になった? 篠木さん」
「……そんなに、暗い顔してた?」
「そこから飛び降りそうなくらいに」
軽く自殺を仄めかす言葉を言う青久くんに、ちょっと驚く。そういうの、口にも出さないくらい縁がなさそうなのに。
「飛び降りないよ。あのね、最近、ちょっと文字が書けなくて」
話したことは数回目なのに、気付けばプライベートなことを相談していた。なんでだろう。多分、青久くんが読むことが苦手って教えてくれたからかな。なんだかたった数分で、距離が縮まった気がした。
へえ、と彼が口を尖らせる。
「だから国語をサボったのかあ。最近ってどれくらい?」
「一ヶ月、くらい」
「文字が書けないってどんな感じに?」
「手の力が抜けたり、言葉が思いつかなかったり……」
「そっか」
ぽそっと、私に聞こえない声で何かを呟く。なんて言ったのか聞き返そうとした瞬間、青久くんが太陽のようににっこりと笑って、私の手を取った。
「よし、どうせなら盛大にサボろう!」
「え?」
「どっかに行こうぜ!」
ほらほら、転ぶな! なんて言って手を引っ張られ、階段を転がるように下っていく。風にも背中を押されながら、私はつられるまま下っていった。
二ノ橋学園駅から十五分も離れた場所にあるこの高校は、校門を出て少し歩くと珠川上水がある。珠川上水が作られたのは江戸時代だけれど、未だにこの辺りは水が流れている。こぽこぽこぽ、と流れる水の音を聞きながら、遊歩道を歩いた。
「どこに行くの?」
しっとり湿った草木が涼しい。偶に零れる木漏れ日が、鏡に反射した光の様に明るかった。
「近くに公園があるだろ、紀井公園。あそこに行こう」
「……意外」
「なにが」
「カラオケ、って言うと思ってた」
「どんだけチャラいと思われているんだ、俺は!」
はっはっは、と笑う顔に木漏れ日が当たる。きらきらと輝いている。
「思われてるよ。だって茶髪だもん」
「うーん、確かに染めてる」
「それに、制服のネクタイ、緩いし」
「これは皆やってるじゃん!」
「あと、授業をサボる」
「理由があるからね」
ふふん、と笑うけれど、多分先生には許可を取ってないと思う。出席日数は大丈夫なのかな。
「誰かとサボったりはしないの?」
「俺がサボるのに誰かを巻き込んだら悪いでしょ」
意外と真面目なんだな、と思った。確かにサボるしチャラそうだけど、なんというか、人に迷惑はかけないところが、真面目だなあって思う。
「じゃあ、いつも屋上でサボるの?」
うん、と笑う。なんで? と聞けば、意外な言葉が返ってきた。
「空が好きでさ」
「空が?」
「あの青い空ね。飛んでみたいって思わない?」
「とんでみたい……?」
「そんな、異世界の人見たみたいに言わないでくれない?」
「あ、ごめん。うん、そうなんだ」
ますます意外で驚いた。
飛んでみたい。
鳥の様に、なのかな。あの青い空を悠々と? 確かに気持ちよさそう。
「いい夢だね」
「夢っていうか、本当の願望だな」
「鳥になりたい?」
「出来ることなら、羽が欲しいね」
踏切を渡る。渡った途端かんかんと警報器が鳴り響いて、踏切が閉まった。
「けっこう、夢見る少年?」
「そうだよ? 俺は現実から逃げる派」
がたんがたんと電車が走り、音が消える。何かを言っているようだったが、よく聞こえなかった。
「なんて?」
電車が去った後、聞いてみる。けれど彼はきょとんとした後に、首を振った。
「なんでもない、なんでもない」
「そう」
なんだか大事なことを言った気がしたけれど、否定するなら気にしないことにした。
紀井公園入口の、明るい緑の葉を茂らせた桜の木の下で、私達は座り込んだ。ふたりとも、もちろん制服だけれど、汚れとか気にする気分にもならなかった。それに気温が高くて、地面はからりと乾いているし。汚れても払えばきっと落ちる。気にする方がなんだかもったいない。
周りでは小学生かな、元気に周りを駆けまわっていた。学校はどうしたのだろう。休校なのかしら。
「外は気持ちが良い!」
そう言って青久くんは寝転ぶ。私も真似しようかと思ったけど、スカートだったから止めといた。
「今日なんて綺麗に晴れてるものね」
「教室にいるのがもったいなく感じる」
「いつもいないくせに」
「あれぇ? 篠木さんってそんなに毒舌なタイプだっけ」
「傷ついた?」
「全然」
ふたりで顔を見合わせ、くすくす笑った。なんだ、今まで見た目で敬遠してたけど、本当に面白い人。話せる機会があってよかった。
そのまま文化祭の話をしていると(「文化祭なにやるっけ?」「確か、劇」「俺ぜったい参加しない」「私もしないかな」「そうなの? 文芸部だから台本……あ、そっか」「うん」「じゃあふたりでサボるか!」なんて、またサボる話をしていた)、隣の木の下で座り込んでいる男の子が目についた。なんだかしょんぼりと俯いている。私の目線に気が付いたのか、青久くんが後ろを振り向いた。
「お、寂しそうな少年」
「どうしたのかな」
「よっし、ちょっと行ってみる」
言うや否や、青久くんが男の子に近づく。私も後ろからついていった。
男の子の前で、青久くんが跪く。
「少年、迷子か?」
顔をあげた目がまんまるの男の子は、少し涙目だった。口をへの字にしている。ぶんぶんと首を振って、また俯いた。
「おー、おいおい、俯かないでくれよ、ほら、ちょっと右手見てみろって」
青久くんの声に、そろそろと男の子が手を見る。何も握っていない手を見せた後、青久くんはぎゅっと手を閉じた。
「これで念じるとなー、はい、ちちんぷいぷい飴よ出ろー、ほら」
「わっ」
男の子の目が輝く。私も驚く。
何も無かった手のひらには、イチゴの飴玉がふたつ乗っていた。
「はい、これは君にあげよう、もう一個は篠木さん」
男の子がさっきまでの落ち込みが嘘のように、楽しそうに飴をつまむ。呆然としていると、青久くんが私の前に手を突き出した。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう……」
マジックも出来るの?
びっくりしていると、男の子が、ねえ! と飴を頬張りながら青久くんに声を掛けた。
「おにいちゃん、まほーつかい?」
ぽかんとした後、青久くんが破顔する。
「おお、そうだぞ。これは内緒だけどな、俺はいにしえから生きる大魔法使いなんだよ」
「すっげー!!」
「だろ? もっと見たいか?」
「みたい!」
気付けば、男の子の周りに3人の子どもが立っていた。ひとりはちょっと年上なのか、仁王立ちしている。
「タツキ、なに座ってんだよ! どんくさいからって」
「どんくさくないもん!」
「足おそいくせに」
また男の子が涙目になる。そうか、だから座ってたのか。
はいはい、と青久くんが手を叩いた。
「そこの仁王立ちしている少年。君は見たくないのかい?」
「なにがだよ」
「ほら」
ぎゅっと握った右手から、次は1輪の花。へ、と口を開けたその子は、次の瞬間バカにするように笑った。
「ただのマジックじゃん!」
「おー? この世紀の魔法使いに向かってなんたる侮辱! よしお前らそこに座れ、もっとすごい魔法を見せてやろう」
「みたいみたい!」
「ツクルおにーちゃん、みようよ!」
「どうでもいいマジックだって!」
「ほらほら、皆座ったぞ。君はツクルと言うのだな? そこに座りたまえ」
なんか青久くん、ノリノリで胡散臭いキャラになってるよ……?
けれど計四人の子どもを座らせた青久くんは、ノリノリなままポケットからトランプ(なんで持ってるんだろ)を取り出す。
「よし、まずは君に引かせてあげようか。一枚引いてみな」
「待って! まず、シャッフルさせて!」
「ほー、ツクルは用心深い。いいぞ、存分にシャッフルしたまえ」
「……。はい、これでいいよ!」
「よし、じゃあ一枚引いて、四人で覚えなさい。あと、そうだな。このペンで名前も書くといい」
子どもたちが真剣にカードを見て、ツクル君がサインペンで大きく名前を書いている。それを見ないようにそっぽを向く青久くんは、緩やかに笑っている。
空は真っ青で、太陽の光は眩しく木漏れ日に変わり、木々がさわさわ揺れ動いて。
一瞬、青久くんの背中に、羽が見えた気がした。
君は、空を飛びたいと言っていたね。
今、君は地にいないよ。現実から離れた幸せな世界にいる。だって、今、すごく綺麗な世界だもの。青久くんの顔も天使みたいに朗らかで、さっきまであんなに険悪そうだった子どもたちは、とても楽しそうで。
今、空を飛んでるよ。
無性にそう言いたくなった。
名前を書いたカードは、確かにトランプの束に戻したのにツクルくんのポケットから出てきた。えー! すっげー! と大喜びする子と、それを満面の笑みで見ている青久くん。
楽しそうだよ、君の背中に羽が見えるよ、ここはまるで楽園みたいに綺麗だよ。
心でそう思いながら、私もにこにこ笑っていた。
その後1時間くらい子どもたちと遊んで、彼らは帰っていった。私と青久くんも、夕方だしちょうどいいか、と駅に戻る。
まだ明るいけれど、東から着実に夜が迫ってきている。群青から、紺色へ。西の空は夕日で真っ赤になっていた。
「青久くん、マジック上手いんだね」
「今も特訓中。バレてなかったかな?」
「全然。私、どれも分からなかったよ」
「それは見てなさすぎだよ」
オレンジ色に照らされていた川を見て歩いていると、駅が目前に迫った。自然とふたりとも、足が止まる。
駅の東側はちょっと荒れていて、繁華街になっている。「夜に子どもは行ってはいけません!」と言われる様なところだ。西はほとんど開発されていなくて、遊歩道が気持ちの良いところなのに。どうして東と西でこんなに差が出たんだろう。
足を止めて、ふたりで向かい合う。
「ここから、どうするの?」
「篠木さんは?」
「私は帰るわ。電車に乗って」
「ちなみに家はどこなんだい?」
「金井」
「なんだ、電車で二駅だね」
「青久くんは?」
彼は困った顔をした。あれ、帰るんじゃないの?
「帰らないの?」
「帰れないし、帰りたくないな」
「どうして? 親が出かけてるとか?」
「そんな理由ならいいよ」
そんな理由なら。
二回繰り返して、ため息をつき、青久くんはどうしようもないと目を伏せる。
「そこに現実があるから、帰りたくない」
あまりに寂しく言うから、虚をつかれる。呆然としていると青久くんは目を揺らして、変な半笑いを浮かべた。そして気付けば、私を緩く抱きしめていた。
「――だから逃げるために、こういうことしにいくんだ」
え?
言葉が出ない。そのうち青久くんが私を離す。そして曖昧な顔で笑い、私に聞く。
「篠木さんも来る?」
「え」
こういうことって、えっと、私を抱きしめたから、こういうことって、そういう、
嘘だよ、と目を伏せた青久くんが、はっきり否定した。
「嘘、ごめんね。血迷った。じゃあね」
「……、っ、待って」
我に返って手を伸ばすも、彼は繁華街の方へ歩いていく。その後ろ姿は、さっきのマジックをしていた時に見えた羽はもちろん見えず、情けなく背中が丸まっていた。
現実って、これのことなの? ねえ、青久くん、家は? そんな理由なら良かったって、じゃあどんな家になっているの? だってこんなところ、朝まで帰らないつもりでしょう? どうして親が怒らないの? それに制服、学校にはバレてない? ううん、そんなことより、
それじゃあ、一生飛べなさそうだよ。
翼の折れた鳥が地を這う様な。あんなに楽し気だった彼が嘘のようにうなだれて、路地を曲がっていく。
現実から逃げれたようには見えないよ、さっきのほうが、ずっと夢に生きていたのに。
待って、ってもう少し早く言えれば。私の家に連れて帰れば。でもきっと、私の親も許してくれない。同学年の異性なんて、泊めてくれない。
じゃあ、ここで別れるのが当たり前だったのか、なんて。
あんなに魔法を描いていた彼を思い出すと寂しくて、私はその場から動けなくなってしまった。
明日会って、何かを言えたなら。でもなんて言えばいいだろう。なんて声を掛ければいいんだろう。家は? どうしてこんなことを? どれも尋問みたいで嫌だった。
――君は飛びたいんじゃあ、なかったの?
そこは君に合ってないよ、うなだれて辛そうなんだ、だから、だから。
だから、の次になんて言えばいい?
無性に、文字を書く能力を取り返したくなった。
今、文字を紡がせてほしい。言葉を見つけるために、書けないなんてことで止まってる暇じゃない。明日に間に合うように、どうか、どうか!
誰がどう思うとか、そんなのはどうでもいいと思った。ただ君のために言葉を書きたいと、そう思った。
来ない電車を待ちながらスマホを取り出す。メモ帳を開いて文字を打つ。まだちょっと手は震えるけれど、必死に言葉を紡いだ。
もうすぐ、この言葉を凍らす呪いは溶けるだろう。それはきっと、あなたのおかげなんだ。だから、あなたに、言葉を。
夕日が世界を染め上げる。明日の朝日に間に合うように、私は必死で言葉を紡ぎ続けた。
言葉の喪 キジノメ @kizinome
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