糸部先輩と大瀬君
以星 大悟(旧・咖喱家)
糸部先輩と大瀬君
「ねえ?君って二中の大瀬君だよね?大瀬、博文君」
「人違いです」
大瀬と呼ばれた少年は人違いだと即答する。
そして内心で思うのだった。
(何で高校一の美人で有名な糸部春子先輩が俺に話し掛けて来るんだ!?嫌がらせか?罰ゲームか?誰か隠れてスマホで撮ってるかもしれない)
大瀬は挙動不審に周囲を見渡すが誰も居ない。
当然ではある、ここはバス停だ。
ただのバス停ではない、見通しが良く誰かが隠れられる場所など一つもない後ろは川で目の前は畑と言う場所に立つバス停なのだから、少なくとも大瀬が考える様な事が出来る場所ではない。
それに対して糸部は大瀬の顔を真っ直ぐ見つめる。
その目は少し熱が篭っていた。
お互い雨で濡れて服が透けている、大瀬は声を掛けられた事で混乱して透けている下着は目に入っていなかったが、糸部は濡れたカッターシャツとTシャツの下から見える大瀬のよく鍛えられた肉体を凝視する。
中背でそれこそ長身である自分より背が低い大瀬の、その顔に似合わない良く鍛えられた肉体に糸部は興奮していた。
典型的な鍛えて筋肉の塊になった体ではなく、まるでネコ科の豹の様にしなやかで引き締まった筋肉、そう糸部は引き締まった筋肉が大好きな少女だった。
そしてそうなったのは大瀬と出会ったからだった。
今でこそ学校一の美少女と言われている糸部だが、中学生の頃は地味で根暗な女の子だった。
そんな糸部は昔、大瀬と中学生の時に不良に絡まれている所を助けられるという少女漫画の様な出会いをしていた。
そして周りから馬鹿にされている自分に綺麗だと言ってくれた大瀬に惚れ、大瀬に相応しい女性になる為に必死になって自分を磨き、高校デビューをする頃には誰もが美人と認めるまでに成長した。
糸部の努力はそれだけではない。
今の通っている高校は大瀬の友人達から第一志望を聞き出した上で入学した。
大瀬が入学して来た時にマネージャーとして入部する為に色んな部活のマネージャーをして経験を積み、もし勉強で分からない所があっても教えられる様に成績は常に上位をキープし続けた。
そんな入念に準備していた糸部の最大の誤算は大瀬が自分に気付かなかった事だった。
入学初日に声を掛けるも逃げられる、色々と調べる内にあの日に出会った時の昔の芋い自分と今の自分が同一人物だと気付いていない、その事実に焦った糸部は積極的に大瀬にアタックを仕掛けるも、何度も失敗している。
今も傘をさして歩いていると雨に濡れながら走る大瀬が見えて、その場で傘を叩き降りずぶ濡れになって大瀬の前に素知らぬ顔で現れたものの、全く下着を見ようともしないどころか気付いてもいない。
どうすればいいのか、考えた糸部は普通に視線が行く様に話し掛ける事にする。
「ねえ、大瀬君って、確か空手部だよね?あの乱暴者の多田先生を試合で打ち負かしたって、本当?」
(どう!?この絶妙に服が透けて下着と胸の谷間が見える姿勢は!?)
そう思いながら大瀬の前で少し屈み、髪をかき上げて胸が見える様にするも大瀬は糸部を見ようともせず顔を逸らしていたので、全くその悩ましい姿は目に見えていなかった。
(ちくしょー!?何で!思い人に全く意識されないの!!)
と糸部は心の中で絶叫する。
そんな糸部は気付いていない、先程から大瀬は顔を真っ赤にして恥ずかしがっている事に全く気付いていない。
(な、何で!?)
大瀬は必死になって顔を糸部から逸らす。
(何で、一中の糸部先輩が、こんなに美人になってるんだ!?)
そう大瀬は気付いていた、入学初日に声を掛けられた瞬間から気付いていたのだ。
それどころか、この二人は随分と前から両思いだった。
大瀬が糸部の居る高校を選んだのは確かに昔から空手の強豪校で第一志望だった事もあるがそれ以上に糸部が居たからだった。
顧問が変わってから落ち目と言われていた高校に、最初は試験を受けるつもりはなかった、しかし糸部が入学したと聞いて入学した。
先程、糸部が言っていた顧問と試合をして勝ったという話も元々は糸部に対してセクハラ紛いな事をした多田を許せず二度とさせない為にした事だった。
そうこの二人は随分と前から両思いだった。
梅雨のある日、雨音が響くバス停で二人の男女がお互いを思い合いながらそれ違い続けていた。
糸部先輩と大瀬君 以星 大悟(旧・咖喱家) @karixiotoko
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