第4話

「出会う順番が、決まっていたんですよ」


 小松さんはいきなりそう云った。いきなり何だろう? 状況が飲み込めていない僕に構わず小松さんは続けた。

「あなたを選んだという事は、見る目のある女性です。そして、あなたの恋人が【見る目のある女性】になるかは、あなた次第ではないですか」

                  ○

 小松さんの発言を、頭の中で整理してみた。

 僕を選んだという事は、見る目があるという事、つまり僕は【見る目がある】レベルに認められているという事。

 そして【見る目がある】が遂行される為には、僕自身がそうならなきゃいけない。

 僕は、その為に何かしただろうか? 葉子の様子がおかしい、と思うばかりで自分に原因があるとは一切考えなかった。

 葉子の様子がおかしくなる原因は、僕にあるのだ。僕達は、恋人同士という関係だから。


 そして小松さんの云った『出会う順番』

 もし葉子よりも先に、小松さんに出会っていたとしたら……僕は小松さんに惹かれただろうか?

 恐らくそれは無いだろう。ファッションで原色を使いこなすタイプのお洒落さんが僕の横に居るなど想像がつかない。そういったタイプは、落ち着かないのだ。僕は静かに生きたいのだから。


「あなたは恋人と私を比較しているだけです」

 核心をつかれたようだ。いや、待てよ。そもそも比較している等という発想が何故出てくる?

 僕は小松さんに惹かれた事があったか?

 惹かれたというより、最近のギスギスした葉子に嫌気がさして、そういう中にて会社で会う小松さんが可憐で輝いて見えたのではないだろうか。……確かに比較が前提になっている。


「雨降って地固まる」

 小松さんはそう云い残して、僕の前から居なくなった。同僚の若い男性社員と話をしに行ったようだ。

 雨降って地固まる……その為に「僕」は「小松さん」に会ったのか?

 葉子への対応も変わってくるだろう。恐らく僕と葉子の関係は、良い方向に向かうだろう。

 嬉しいのか切ないのかよく解らない感情のまま、親睦会を過ごす。

                  ○●

 師走になり、クリスマスまであと数週間という時期。僕は葉子と百貨店に向かっていた。テレビで見た、吸水性が抜群のバスタオルが欲しいと云っている。

 

 あれから葉子との付き合いは、結構上手く行っていると思う。

 会社で会う小松さんとは今まで通り変わらず接している。

 小松さんは思考が素晴らしいので、葉子にも真似してほしいな、と思う事があったらさりげなく葉子に促している。勿論小松さんの事は一切話題にしないで。

 

 僕達の歩いている歩道と反対側の歩道に、カラフルなコートを着た女性が居た。小松さんだ。隣には長身の男性が居た。噂の長身の恋人だろう。チェスターコートを着こなし、まるでモデルのようだ。

 隣に居る小松さんは小柄だけれども細身の体と鮮やかな色使いで、すれ違いざまに振り向く人がいる位だ。

 僕も見てしまう。一瞬、小松さんと目が合った気がしたがすぐに視線を逸らされた。僕だと思って目を逸らしたのだろうか、それとも僕だと認識すらしなかったのだろうか。


 いずれにしてもはっきり解った。僕には、今の恋人がぴったりだと。そう云われた気がした。雨が二度降り、固まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カサイラズ 青山えむ @seenaemu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ