第7話 第1年ヴァンデミエール月1日

 暦の話をしようと思う。


 暦というのは自然現象に対して人間の都合で線を引く作業であるため、人間の恣意が入り込み、これを〝使わせる〟ためには権力や権威が必要になる。古来、暦が宗教や政治と密接に関係してきたし、権力や権威は己の影響力の一環として暦を利用してきた側面がある。

 私たちとて、何でも好き勝手に暦の自由を謳歌しているわけではなく、ちゃんと明治時代の法律に沿って太陽暦(グレゴリオ暦)を使っている。


 ある種の人達は、暦にその策定者の権力の影を見るようになるらしい。

 高じると、その権力の影響力を否定するために、暦を否定するようになる。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、とばかりに暦を否定するわけである。

 無論、ただ否定するのではない。自分が作った新たな暦を持ち出したりする。それがただの一般人がやっていることであれば害もないであろうが、旧権力を下して新たに権力を得たものがやり始めると大変なことになる。


 即ち、革命暦である。


 革命暦の中で最も有名なものを挙げるならば、やはり「フランス革命暦」であろう。

 フランス革命は旧来の権力を否定する過程で、世界に様々なものを残した。例えば私たちが日常的に使っている単位系であるところのSI単位系、その元になったメートル法も、フランス革命によって旧体制アンシャン・レジームを否定する中で生まれたものの一つだ。他にも十進化時間といって時計を変更し、一日を十等分した〝時〟、それを百等分した〝分〟、さらに百等分した〝秒〟とする時間体系をぶち上げたがこちらは普及せずに潰えた。

 このように様々な「旧弊打破」を持ちだした革命政府であるから、当然暦も対象となった。

 フランス革命暦の登場である。


 既に述べたように、グレゴリオ暦はローマ・カトリックの宗教暦である。年初の位置も、そもそも「一週間(七曜制)」という単位も、全て宗教に由来する。月の名称や、大の月・小の月の順序はローマ帝国の名残である。

 これらを全て打ち捨て、全く新しい暦を作ったのである!

 Vive La France!

 グレゴリオ暦1793年9月23日に決定され、翌10月24日を施行日としたこの暦は、前年であるグレゴリオ暦1792年9月22日を始日とする。この日は秋分であるから、つまり年初は秋分である。一年は365日でひと月は30日。これを12ヶ月で一年とし、不足する5日と閏年の1日は年末(つまり秋分の前)にどこの月にも属さない「サン・キュロットの休日」として挿入された。毎月の30日は10日毎にまとめられ年初から通算する番号が与えられ、アブラハムの宗教に由来する「週」も廃止された。月にも日にも新たな、そして雅びな名前が与えられ、一部は現在も歴史の中に見ることができる。

 この合理性に基づく暦は大層美しかったが、人は合理性にのみ生きるに非ず。長い年月を経て染み付いた生活習慣とは相容れず、残念ながら12年ばかりしか使われずにグレゴリオ暦に戻るに至った。


 フランス革命暦と並んでもう一つ有名な革命歴といえば、やはり「ソビエト革命暦」であろう。

 ウラジーミル・レーニンはユリウス暦を廃してグレゴリオ暦を採用したが、跡を継いだヨシフ・スターリンはグレゴリオ暦から「週(七曜制)」を廃止し、5日周期の新たな週を持つ暦を1929年10月1日から施行した。曜日には色の名前が付けられ、一斉休日はなくなった。いわばローテーション制休日である。

 この暦は大変不評だったようで、一度週を6日制に改めながらも1940年まで続けられたが、最終的に廃止された。


 暦とは権力によって策定されるが、権力があってもままならないこともある。それが暦の奧深さである……。

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