第59話 シロタ ベルネ



 シロタ=パジェスが布教のために遠い日本を訪れた記録を、がらくただらけの屋根裏部屋で見つけたのはシロタ家の末息子、ベルネだった。パジェスという名の偉大な先祖がいることは知っていた。

 布教に人生の全てを賭けたこと。日本から追放され、以後も何度か日本へ渡ろうと試みては失敗し、航海の途中行方知れずとなったこと。


 けれど、地下礼拝堂でのキリシタン殉教の記録は初めて知った。パジェスはすでに、日本での布教活動を本にして出版していたが、本の中ではこのような壮絶な出来事について何ひとつ触れていなかった。


 神は生き埋めにされた多くの信徒をお守りにならなかった。もしかしたらパジェスも神を疑っていたのではないか。

 偉大なパジェスが急に自分と同じ生きた人間として眼前に現れた瞬間だった。


 ベルネの父親は、ベルネがまだ少年の頃、戦争で死んでしまった。ヨーロッパ中を焼き尽くした戦争。あれから十年以上経つ。神は父を守らなかった。


 偉大なパジェスも、もしかしたら同じ思いを抱いていたかもしれない。神は生き埋めにされた多くの信徒たちを守らなかった。パジェスに問うことが可能なら聞いてみたい。パジェスの渡った日本にもやはり、神はいたのか。そこではどんなふうに神が信じられているのか、あるいはいないのか。


 いつか必ず自分も日本へ行き、大勢が生き埋めになってでも信じ通された神が、今現在どのように在るのか確かめる。ベルネはそう誓った。


 一九三一年。パジェスと同じルートを辿り、自分もイデウシという場所に辿りついた。そこには記録と同じように宿坊らしき建物があった。しかし僧侶も、まして潜伏するキリシタンも、見当たらない。


 そのかわり、宿坊には管理人なるものが常駐しており、時の政府が関わっているようだった。管理人は名を霧野といった。霧野氏は軍人で、家族で宿坊に住み込んでおり、実質は彼の家だった。 


 霧野氏はベルネを元宿坊に居候させてくれた。

 氏の三男、林太郎は十四で、フランス語を教えて欲しいとベルネにねだった。

 

 

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