第50話 行方不明のおばあちゃん
その日は午前中から異様なほどに湿度が高かった。
朝、勝手口の外でタマミがみゃあみゃあ騒がしく鳴いていたのでてっきり餌が足りないんだと思って床に置かれたお皿を見た。
「ごはん、入ってるよ」
母さんが出かけに入れたんだろう。
「食べたら次入れてあげるからね」
タマミの考えはわかっている。カリカリと音がしっかりするような湿気ていない餌がご希望なのだ。
「一回ずつ、食べ切る量を。って書いてあるのに」
餌の袋の説明書きを読み返す。
母さんはいくら言ってもこうして余分な餌を入れる。「食べたいときになかったらうちに帰って来なくなっちゃうじゃない」ということだ。母によれば猫は餌をもらえる家が複数ある場合、より不自由なく食事ができる家を自分の家だと認識するという。
「そんなに気前のいい家、いくつもある?」
しかも太った雑種猫に餌をあげたがる奇特な家が他にあるだろうか。
勝手口のドアを閉めてもタマミはしばらく騒がしく鳴いていたがやがてどこかへ行ってしまった。
こんな蒸し暑い日はどこへも行かずに大人しく勉強するしかない。二玖は黙々と数学の問題を解いたり、英単語を覚えたりした。
昼ごはんは昨晩の残りのおかずにそうめんをゆがいて食べた。引き続き勉強をして過ごし、午後、巡回バスで祖母がデイサービスから帰ってくる時刻になった。
朝は母が仕事に行くのとほぼ同時にバスがくる。祖母がバスに乗るのを見守るのは母で、二玖はその時間まだ布団でごろごろとしていた。施設から戻ってくるのを出迎えるのは夏休み中である二玖の役目だった。
うねうねと歩いて生垣を抜け、門まで出ると雨が降ってきた。背の高い塀の一部に庇がついているので壁に張り付くように雨宿りをして待った。
十分経っても、二十分経ってもバスは来なかった。
デイサービス施設に電話してみようかと思案し始めたとき、ふと気がついた。祖母は家に居る日では。
夏休みで曜日の感覚がなくなっていた。今日は土曜でデイサービスは休みだ。
二玖は一気に青ざめた。一日中祖母の気配など全くなかった。
「おばあちゃん、どこ?」
雨の勢いは増すばかりだった。考えもなく家に向かって走り出した。
やっと玄関までたどり着き息を切らしながらお祖母ちゃんを探した。部屋中を回る。最初は勢いに任せ、二回目は注意深く。
「いない」
お昼ごはんも食べていないはずだ。庭中練り歩くうち門より外に出てしまったんだろうか。そんなこと、今まで一度だってなかったのに。
降りしきる雨のなか、二玖は生垣の通路を当てもなく歩き回った。
どこをどういうふうに歩いたか、すぐ近くで。みゃあと猫の鳴く声が響く。
(タマミだ)
「タマミ」
──みゃあ。
「タマミ。どこ」
葉っぱが細かく生い茂った、生垣の向こう。この中にいることは確かだ。
けれど残念ながら、タマミの声はそれっきりしなかった。
二玖からの電話を受けて間もなく帰宅した母は、汗だくだった。
「母さん、ごめんなさい。おばあちゃん、てっきり今日も出かけてるんだと思い込んでた。帰りのバスが来ないんで、変だなあって」
取り乱した二玖の頭を、母は両手で包むと自分に引き寄せ、
「任せっきりだった母さんも悪かった。とにかく心当たりを探そう」
と静かに言った。
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