第45話 フランス語を理解したい理由
フランスさん改めシロタさんが、どうしてフランス語を学んでいるのか、二玖は特に興味はなかった。
「留学でもするんですか」
「いいえ。ただもしかしたら別の全く新しい言葉でならわたし」
「わたし?」
「わたしとわたし以外のものを区別できるかもしれないって。そうしたら本物のわたしになって、」
今日のシロタさんは初めて会ったときと同じ白いブラウスと、膝下でふんわり広がった鮮やかな青いキュロットスカートをはいていた。
「、ねこだって飼えるかもしれない」
「猫?」
「わたしね、物で埋もれた部屋から出たの。母はもう帰ってくる予定がないってはっきりわかって、踏ん切りがついた。今の部屋、ベランダに猫が来るんだ。餌をあげるうちにこの子と一緒に暮らせたらって思うようになって」
「いいんじゃないですか」
ちょくちょく、シロタさんは二玖のうちへ来ていた。フランス語の文法の本、出てきたかしらん、と尋ねたり、ちょっとお庭を歩きたかったの。と聞いてもいないことを呟いたりした。
今日も、いつもと同じようにシロタさんはふんふんと鼻歌を歌いながら店の周りを歩いていた。
「わたし実はね、四分の一はフランス人らしいの」
誰かに聞こえたらまずいのか、急に小声になった。しかし誰よりも日本人らしい顔立ちをしているシロタさんにフランス由来のものは何も感じられなかった。
「へえ。そうなんですか」
「シロタは、城田とか白田じゃなくてシロタ。わたしの父親がフランス人の血を引いていたらしいの。ということは、よ。フランス語が話せてもいいと思わない?」
「まあ理屈ではそうなのかもしれませんね」
「でも実際は全然ダメ。日本人よりもフランス語がダメなの」
一体、どういう基準で比較対象の日本人を選ぶのか、と考えているうち、彼女は立ち止まって振り返った。
「でもね、書かれた文字はやさしいの。時間とか次の用事とか気にせず、ずっとそこで待ってくれてる。わたしが意味をとるあいだずうっとね」
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