第37話 紅茶とともに③


 母は、紅茶を飲み干すと再び話し始めた。


「実際に宿坊だったのは何時の頃までだったのかしらね。江戸の終わりとか明治の頃までじゃないかしら。だから大正生まれのおばあちゃんは、実際にお坊さんがいた頃の宿坊はさすがに知らなかったでしょうね。ただね、菜園で育てられていたお野菜や薬草なんかは、宿坊だった頃から種を引き継ぎ大事に育てられてきたらしいの」


 母は宙を見上げて考えた。

「ばあちゃんが菜園管理を継いだ頃というと、昭和の初め、かしらね。今ばあちゃん九十八だから。年齢でいうと…。大正七年生まれだから、昭和の初め頃というと十五、六かな。…そうね、ちょうどオウルくらい」


(この齢で庭の世話係か。でも、気が向いたときに適当にしているわたしとは心構えが違っただろうな)


 遠い過去から、若い娘だったおばあちゃんの気負いが微かに伝わってくるようだった。


「だからお祖母ちゃんはお野菜にとても詳しいのよ。おばあちゃんの家は珍しい西洋の薬草の種を宿坊時代から延々引き継いでいて、薬草園にも取り組んでいたって」


「へえ。本格的だね」


「わたし、子供の頃から散々ばあちゃんの作った薬草、とやらを食べさせられて育ったのよ。だからかもね、母さんの生姜嫌い」

「生姜?」


 生姜は「西洋の薬草」ではない、と思うけれど、言うと面倒なのでやめておく。

「もう、母さんはあの塊りになった生姜をみるのが嫌いでねえ」

 母さんは眼の前にあるように嫌な顔をして見せた。


「懐かしいな。あの頃は、おばあちゃん、もっとこう、しゃきん、として手なんかもごつごつしてて、眼がキラキラしてたなあ。薬草園で摘んだ葉っぱでお祖父ちゃんにお茶を淹れてあげるとすごく喜ぶんだ、って。ほら、お祖母ちゃん、お茶を注ぐところをじっと見るの、好きでしょう。あれはおじいちゃんとのティータイムを思い出しているのよ」


二玖も遠い記憶のなかで、お祖母ちゃんにお茶の淹れ方を教わったような気がしていた。ふさわしいお湯の温度や煮出し時間、それからカップの選び方。


 母は「さあもう寝ましょう、」と筆記用具を片付け始めた。

考えることが多すぎて今日は眠れそうにない、と二玖は溜息をついた。


 

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