第33話 生垣の真相


 夜、パッチワークを縫い繋げる母の隣りで二玖はコーヒーを飲んでいた。

「そういえば工務店のひと、来たよ」

「そう、何て?」

「工事、ちょっと遅れるって。天井以外にも色々不具合があるみたい。それにこの家、ツギハギ…あ、パッチワークするみたいに修理を繰り返してるけど、もう基礎から見直した方がいいって。でもそうなると大掛かりな工事になるから、この生垣、潰さなきゃならないって」


 手を止めて、母は宙を見つめる。

「今までも、何度もそういう話になったのよ。でもその都度、父も母もそれはできないって言っていた。庭には大切な物があるからって」


 母はパッチワークのピースを膝に置いて考え込んだ。

 二玖も母の膝に視線を落とす。

「ところで話変わるけど、それ、何作ってるの?」


「これ?…実はこれ、まだ何にするか決めてないの。」


 どこかで聞いたセリフ。

「じゃあそれは粘土で器を作る途中、みたいな感じかな」


「ん?」

「形ができそうで、でもまだできてほしくはなくて、それで捏ねてる」


「そうね、『まだできてほしくなくて、』の心情はぴったり同じ。母さんこの作業自体が好きなの。ひと針ひと針縫い進んでピースを繋げていくうちに、元々別々だった生地が本来全く出会うはずのない場所で、けれど繋がるべくして繋がったんじゃないかな、と思う瞬間があると嬉しいの。それがもう捨てるしかないようなはぎれの集合体ならなおさら。何かを作りたくて、結果を知りたくて、全体を理解したくてしている作業じゃないわ。母さんにとって、完成はあまり意味がないのよ」


「ものをつくる人にとって、その感覚って共通なのかもね。工務店のひとも言ってた。全部壊して作りかえるより、古い大工仕事のツギハギに参加して、自分も手を入れる方が嬉しいって」


「へえ、そうなんだね」

 母の嬉しそうに答える。


 二玖は思い付いて言った。

「何だかこの生垣の木もパッチワークみたいだよね」


「どういうこと?」

 首をかしげながらも母は、あ、と声をあげた。

「生垣自体がその、『大切なもの』なのかも」


 母さんはひざ掛けくらいの大きさになったパッチワークをふわりと広げ、二玖に渡した。

「針、付いてない?」

「付いてるわよ、気を付けて」

 母の部屋で針を踏んだことのある二玖は針の在りかには厳しい。

「何ごとも、何がどこにいくつあるか確認しておくことが重要です」

 二玖はおばあちゃん風に重々しく宣告すると針を数えだした。

「いち、に、さん、し、」

 母は針山に針を刺しながらつぶやいた。


「お庭には、なにがありましたか」


 次の日の朝、母と庭に出た。結局現場に出てみないことには真相は摑めないと思い至ったのだ。

「じゃあ、数えます」

「木はね、ほらここから始まってることにするとね、いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち、」

蜩が空間を切り刻む。カナカナカナカナカナカナカナカナ…

「…二十五、二十六、…」

「かゆいよ、蚊が出てきた。木の数はどうでもいいと思うな。あれオウル、ここさっきも数えなかった?」

「…三十二、三十四、」

「三十三抜けてるって。」

「…並んでないんだよ。全然ちゃんと並んでないの。だから数えられないの。入り組んでて、傾いてて、絡まってて」

「そうよね、通路が複雑すぎるのよ」

「わたしが言ってるのは木の方」

「じゃ、どっちも。」

「…どっちが先なんだろう」

「ん?」


「木が植えられたのと、道ができたの。木は、道を通路として仕切るために植えられたわけでしょ。生垣ってそういうものじゃないの?」


 母は今やっと多古田さんが思い至った疑問にたどり着いたらしい。

 二玖は説明する。


「シルバーの剪定の人が言ってたの。ここは元々生垣ではなかったんじゃないか、って。いろんな種類の木をとりあえずたくさん並べて植えてある。そのときは、何かができるなんて思いもしなかった。でも、それぞれが生長し、それぞれが繋がると壁になり、道をつくる」


「結局、木が先?」

 母とは、わかり合えそうでわかり合えない。さらに母は畳みかける。


「この道に目的はない、ってこと?なんとなく並べて植えた木が、何となく道を作った。そして本来ここにあった、菜園、だとか、宿坊の遺構、だとかがうやむやに隠されてる」

 そういって母は笑ったけれど二玖はそれが真相だ、と今確信していた。

 それは隠されたのだ。隠すために木を植えたのだ。隠すくらいなら埋めてしまえばいいのに、埋めることはできなかった、だから周囲を覆ってしまったのだ。

                                        

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