第31話 閉館時間
白紙を埋めなければならなかったルドンは露わになってゆく自己を埋めていたのかもしれない。それはせざるをえない行為だった。奥底をひたすら覆い隠す。
絵を描くということは自分の内部をえぐり出す作業だと思っていた。内部の、何か輝かしく純粋なものを炙り出す作業だと思っていた。すばらしいものを探り当てようともがいていた。けれど実際行う行為は結局表面を作ることなのだ。絵は、塗り重ねて作り上げる表面それ自体でしかないのだから。
埋めても埋めてもどこからかへこんでゆくもの、そのへこみは水を集める。そこに浮かんだ器にわたしは入っているのだ。いつか外側へ流れ出ようと舟を漕いでいる。
空間がどこかにあると思っていた。未知の場所がどこかにあるはずだ、そう思って探していた。けれどそれはどこにもなくって、自分で、自分自身の平面を塗り固めていくしかないのだ。そこに現れるへこみ。埋めるのはそのへこみ。
(そうか。埋めるべきへこみがなければ、土は土埃となって舞い上がるだけなのだ)
私立図書館の地下廊下を戻り、図書室へ出た。もう、利用者は誰もいないようだった。
「そろそろ閉館時間よ」
カウンターでは女が事務作業をしていた。
「もうそろそろ、埋めるべきことがわかったかしら」
女はそっと二玖の表情を読み取っていた。
「では、あなたは。あなたはここで何をしているの」
尋ねられた女は二玖の目を見据えた。
「わたしも、埋めている。あなたの図書館の棚の隙間を」
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