第21話 ぼんぼりの中の闇
顔見知りなのか、おばさんと気軽に声を掛け合って岬青年は二玖を連れ、露天から続く店の中へ入った。
ぼんやりと蛍光灯で照らされた通路には、商品というより材料が積まれている印象だった。ロットナンバーが走り書きされ無造作に括られた包み、同じ長さに切り揃えられた木材、塗料の缶。
物を売る場所として、スーパーマーケットや、コンビニエンスストアを見慣れている二玖には、ここがお金とモノをやりとりする場所には思えなかった。突き当たりに整然と並ぶ額縁は全て縦にきっちりと本のように収められ、重みで棚がたわんでしまった部分があり、所々に補強材が充ててある。ぴかぴかと光沢のある額もあれば、木材そのままのざらつきを残した額もあった。店中に漂う、木のにおいかそれとも塗料のにおいか、独特の、しかし不快ではないにおいが新鮮だった。
上がり框に年季の入った道具を広げ、うつむいて作業する皺だらけの老人の顔があった。
「…なんや、見慣れん子お、やな」
あからさまな警戒心が、二玖には大人げないように感じられた。
「この町の子だよ。ええっと…」
「この町ん、どこォや」
「どこって、あまり詳しくは知らないけど、」
二玖は代わりに答えた。
「霧野です。坂を上がったところの、庭に木が並ぶ、」
「へえ、あそこん子ォか」
その老人はしばらく無言だったが、
「地の人間やないんやな」
と呟いた。
「まあ…。彼女は数年前引っ越してきたっていうし…」
岬青年は二玖を援護した。何から援護しているのか、よくわからないなりに。
「いや、この子ンこと言うとるんやねえ。前からあそこン人間はこン土地の人間やねえ」
わけのわからないまま、それでも岬青年はこれ以上二玖に不快な思いをさせまいと思ったのだろう、二玖の背中をぽん、と押し、小声で「行こう」と促し、店の外へ出た。
「ごめんおばさん、また来る」
青年は、何事もなかったように店番のおばさんに微笑んで、二玖を覆いかくすように店をあとにした。
ぼんぼりの途切れた蛍光灯の下で、青年は申し訳なさそうに言った。
「何だかごめんよ、気分悪くさせちゃって」
「いえ、実際、わたしはこの土地の人間じゃないし」
二玖は努めて笑った。けれど歩きながらずっと考えた。何か因縁を感じさせる老人の、あれは一体どういう意味だろう。「地の人間じゃない」から、どうだというのか。
結局、「キリシタン」への興味は宙に浮き、その周辺に浮遊する、ここがかつて「島」であった過去や、骨董商が盛んだったこの町で、母が骨董を営むことの偶然性について考えていた。
(そういえば、どっちのルーツを持つ骨董屋なのか、って、聞かれた)
もう、新たに製作されることのない焼き物を扱うのか、それとも額縁を扱うのか。
いずれにしても、母さんの店はこの土地の骨董屋とは何も関係ないように思えた。
(たぶん、どっちでもない。だって母さんは骨董の世界では新参者だもの)
ぼんぼりの途切れたところで、二玖は闇が急に怖くなり、全速力で駆け出した。
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