第18話 受賞した絵


 二玖は美術棟へは向かわず、ひとり教室へ引き返した。


 ──どんな絵かは見なくても思い出せる。


 画面には無数の葉が散りばめられている。 

 それらは繊細でありながら今にも舞い上がる躍動感を秘め、葉はひとつとして同じ形ではない。

 まるで画面上に偶然舞い散った結果のように、微妙に重なったり離れたりし、背景の余白を際立たせている。その構成は見る者の遠近感を危うくさせる。背景の白を「光線」のように感じ始めると、たちまち葉の緑が、「影」になる。鑑賞者は、間の余白をたどっていたかと思えば、いつのまにか葉の連なりをたどっている。

 ──そして中心に吸い込まれるような感覚をおぼえる。


 向こう側へ抜け出してしまったら一体何が待っているのだろう。

 


(向こう側へ抜けだす?)


 抜けだしてしまったら、まっ平らな何も無い場所で、生まれなかった方のわたしと、出会うのかもしれない。

 (生まれなかった方、なんてまるで自分が双子だったみたい)


 ——だけど、途中で失ったほうの自分っていくつもあるんじゃないか。そう、例えば、幼いオウル。おばあちゃん子のオウル。

 あの頃のわたしが知ったらどう思うだろう。おばあちゃんの描く絵を大好きだったあの頃のわたし。


 ——どうしてを、つい、わたしの絵、だと言ってしまったの。


 おばあちゃんの部屋にあったあの絵。我ながらそっくりに模倣できた。


 『本当に自分が描いた絵だと言うためには、どうすればいい?』


 その思考に辿りついたことが、わたしの欠陥なんだろうか。

 『本物の方が存在しなければいい』


 それともこれが欠陥だろうか。

 ──思考に留めておかなかったこと。実行に移したこと。


 ——模倣するのは、難しいことではなかった。そっくりに真似るために使う力は、全く新しいものを創造する力とは違う種類のものだから。


 言い訳をするとすれば、世界には枠が必要で、枠があるからそこはひとつの世界となって、認識される。

 そうだ、あの絵には枠がなかったから。つい、安易に扱ってしまった。額で囲われて、粛々と立掛けられていたなら、自由に行き来できる世界だなんて思わなかっただろう。


 ——キャンパスのふちと、キャンパスの中。そこに境界線を見い出すことさえできないのに描いてはいけなかった。


 誰もいないのを確認してから二玖は再び渡り廊下を行き、絵を目の前にして立つ。


 ──描いたのはわたし。わたしだ。

 ぬるりとした何かが二玖の心の表面を上塗りする。

 『誰かに描かされてる』


 その言葉がひんやりと蘇る。

 世界を作り出すのが義務に変わったのはいつだろう。


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