第16話 多古田さんの指摘② 



 多古田さんは親しみを込めた目でおばあちゃんに頭を下げる。

 二玖は祖母と多古田さんを見比べた。

「おばあちゃんのこと、知ってるんですか」

「もう十年以上前になりますがね、造園学の講座で。先生、その節はお世話になりました」

「え、おばあちゃんが先生?」


 おばあちゃんは多古田さんをじっと凝視したが、目を逸らすと再び歩き始める。

「この独特の生垣は先生の手によるもので?」

 声は後ろ姿にこつんと当たるだけだ。

 質問には答えず遠い目をしたおばあちゃんを、多古田さんは、まるで木を見るように一歩下がって全体を眺め、記憶を探る。


「市の企画した講座です。シルバーに登録するのに受講したんです。この土地に長年親しむ知識ある方の講義として、先生のお話はとても興味深くて心に残っています。久しくお会いしなかったが…」

 そのうちにおばあちゃんは、ぶつぶつ唱えながら生垣の角を曲がってゆく。


「おだまき、さざんか、さざんか、おだまき、すみれ。あかめ、あかめ、まきのき、ゆきのした」


 多古田さんはばつの悪い笑顔を作ると再び生垣の剪定に戻った。


 カーテンが揺れている。窓から風が入っているのか出ているのか奇妙な揺れ方をしていた。ふわっと膨らんだと思えばぺったりと網戸に張り付く。

 軽快なシャキシャキという音の続くなか二玖は昼食を簡単に済ませてから集中して数学の問題を解いていた。眠気に耐えかねて午睡を取るともう鋏の音は止んでいた。


「多古田さん、帰ったんだろうか」

 おばあちゃんはそういえばあれからずっと庭を歩いている。

 ひとりでテーブルに向かって座り、改めて眼の前の大きな椅子を眺めた。

 例の「かばん置き」だ。


 これ、「神様」の椅子だったんじゃないか。

 二玖は、母が先日話してくれた、この家にかつて居候した「神様」のことを思い出した。

 西洋人が座ると、きっとぴったりなんだ。

 

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