第15話 多古田さんの指摘

「いやあ、だって秩序がないんです。そのくせ並んでいる」


 多古田さんの日本語がよくわからなかった。

「秩序がないっていうことはバラバラってことじゃないんですか」


「まあ確かにそうなんですがね」

 多古田さん自身も判然としないらしい。


「まず、間隔」

 そう言って多古田さんは目の前の木と両隣の木を指差した。


「自然に生えたにしちゃあ不自然」

「もちろん、植えたんでしょう。だって生垣ですもん」


 緑が大量に切り取られた時の独特の香りが、そこらじゅうに充満している。

「植えた…。それです。生垣ってのはそもそもこんなふうに植えるもんです」

 ぽんと膝を打つと多古田さんは腰ポケットから土木作業用の蛍光テープを取り出した。そして、目の前の木の根元にもぐりこみ、中心の一番太い主幹にテープを括り付けると、ぴんと張り詰めてそこからまっすぐ先へ歩き、四、五本離れた木の主幹に結んだ。


「ほうら、歪んでいる」

 途中、何本かの木の幹がテープを押し出し、何本かがテープを引っ込める。


「迷路仕立ての生垣、とか」

 二玖は適当なことを言った。


「例え迷路に仕立てたとしても、生垣ってのはまっすぐ植えるものなんです。例えカーブしていてもそのカーブだってこのように糸を張り、計算ずくで植えるんです。その点ここの生垣は結果的に並んだ、とでもいうように植わっている。元々の植え穴の位置が真っ直ぐに並んでいないからどんなにこまめに剪定しても何か生垣として不自然さがある」

 そう改めて言われると、漠然と感じていた違和感が今、明らかになったように思えた。

「あ─、」

 合点がいって二玖は網戸を開け、多古田さんと目が合う。


「でしょう?」

 (ね?)というふうに小首をかしげる多古田さんが不覚にも可愛らしい。


「言われていること、わかります」

 二玖は緩んだ口元を訂正し、うなずく。


「で、問題です」

 多古田さんは脚立から降りていた。


「どうしてこんな風に木を植えたのか。どうして無理やり生垣に仕立てたのか」

「なるほど」

 問いを投げかけられた二玖は便利な言葉で返事をする。


「木が先か、生垣が先か、といった感じでしょうか」

 多古田さんは自分でもわからない、といった具合にうつむく。


 ざわざわと木々が鳴る。言葉が後に続かなくて沈黙が生まれる。


 改めて玄関から靴を履いて表へ出た二玖は、多古田さんに麦茶を一杯差し出した。

「これはこれは。ありがとう」


 受け取る手のひらから葉っぱの匂いがする。

 頭を覆っていた手ぬぐいでささっと手を拭ってから、多古田さんはコップを握り締めた。多古田さんは白髪の坊主頭だった。今、坊主頭が流行っているんだろうか。二玖は今日の青年を思い出した。一気に麦茶を飲み干した多古田さんは再び足元の夾竹桃きょうちくとうの根元にもぐり込み、うつぶせになって幹をなでた。


「この庭、いつか火事がありましたか」


「いえ、記憶にはないです」


「つい一年ばかし前、ですぞ。ついぞ以前。つまり過去」

複合過去、完了過去、未然過去。


「過去に」


「ええ。というのも一度木が燃えて、そのあと修復した形跡があるんです。火事というと大袈裟ですな。焚き火の火が木に燃え移ったくらいの規模でしょうか。心当たり、ございませんかな」


 (過去に)


「炭になっているんです。木自体はその燃焼による傷を過去として処理しています。つまり傷を修復し、その後も成長し続けている、という意味です」


「つまり過去を消そうとする」

 声が別の方向からあった。振り返るとおばあちゃんが立っていた。


「これはこれは、お久しぶりです」

 多古田さんがおばあちゃんを仰ぎ見る。

 

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