第13話 クロウ④【カラスと絵】


 ある日、夏に植える作物の配置について、烏貴子とベルネは話していた。


「おくらの花は白くて、はっとする美しさよ。その脇に南瓜かぼちゃの黄色い花が咲いていたら映えるわ。南瓜の大きな葉はおくらの根元の乾燥を防ぐでしょう。おくらはまっすぐ上に成長するから、縦と横、織り糸みたいな関係ね」


「クロウの、色の考え、すばらしい。いつも、思う。カラス、なのに」


 最後の言葉は余計だ、と烏貴子は苦笑いした。

「自分は真っ黒なのに、ってこと?ひどいわね」


「絵を、描いてみたら?きっと美しい絵、描く」


 実は昔から、畑仕事の合間に、地面に絵を描くのが大好きだった。


 地面の、無限の広がりに思うままに世界を創れるということが、烏貴子に束の間の自由を与えた。


 それからだ。

 烏貴子は仕事の合間、紙に絵を描き始めた。

 しかし、どんなに頑張って揃えたところで、用意できるものといえば使用済みの紙の裏と、墨や鉛筆だけだった。


「真っ黒の絵しか、描けない運命ということね」

 世の中にはこんなに色彩が溢れているのに。


「写真も、同じ」

 ベルネが諭す。


「写真も?」

 その時代、写真はモノクロだった。


「確かにそうね。写真は色がない。色がないのに、色が見えてくる」

「色が見えてくる絵を、かいてみたら」


 ある日の夕暮れ。


 真夏の菜園は様々な色合いの緑で溢れていた。日が落ち、緑は青味がかり涼やかだった。


「これ、どうぞ」


 額縁に入った絵だった。

 ベルネが最近木切れを加工して何か作っているのは目にしていた。

「果樹の剪定で出た木を使いました。元々、フランスでも家具を修繕する仕事をしていましたから。こういうのは好きなのです」


 しっかりとした作りの額縁は、丁寧に工程を進めたことが見て取れた。


「これは、ルドンという人の絵です。彼は長いこと、ほとんど黒だけで絵を描き続けました。顕微鏡を通して見る、植物や微生物に熱中していました」


 神秘的でこわく的な、西洋の絵だった。木炭の黒だけで描かれた、想像上の花だろう、見たこともない不思議な形の花弁がうつむき加減で咲いていた。


「ルドンは黒のことを、最も本質的な色だ、と言いました」


 本質的な色とは何だろう、と烏貴子は菜園から夕暮れを見上げて思った。

 彩り、華やかさ、色の持つ感情のようなものを全て閉じ込め、一切を一旦無にして、線や面だけになったもの。それでも浮かび上がる、色。何にでも見える、色。


 烏貴子が結局行き着いた対象も、やはりいつも触れていた植物だった。成長段階によって全く違う、葉の形、質感。伸びやかな茎の様子、艶やかな花。植物の全てを描き切る。


「ルドンの眼の前に、顕微鏡の中の世界が広がっていたように、わたしの眼の前にはいつも瑞々しい植物がある」


「クロウにぴったりだ」


 カラスは、真っ黒だけど、輝くきれいなものが好きだ。それと同じように、自分は黒しか操れないけれど、色というものがどんなにきれいなのか感じることはできる。


 材料は乏しかったが、絵を描いてはベルネに見せて、認めてもらう。誰かに評価してもらえるというのは、心強かった。


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