第2話 仏師万福将軍

儂はあやつを捕らえた

逃れ得ぬ今生の契りをもって

深い契りで捕らえたのだ

遠い昔の記憶が儂をそうさせた

興福寺の稚児の姿に生まれし

求め続けた魂を

遂に儂は見つけたのだ


嗚呼!この今生(こんじょう)の悔やみ

永久(とわ)に捕らえた筈なのに

あやつをまたもや失った


尊い法師の稚児だった

儂は夜に忍んでいった

あやつも儂を待っていた

儂が遠方より来(きた)ることを

知っていたあやつは妖しく燃えた


震える唇吸う時に

なんと甘露な柔らかさ

絹の小袖を肌蹴ると

白雪の様な柔肌に

儂の舌が触れる


あやつと契りの褥(しとね)に

滾るやうなその熱さ

とろける口の交わりに

儂の心も熔けて行く

あやつの中に放つとき

愛を疑うその眼(まなこ)


嗚呼!この今生の悔やみ

このままではもう語れない

お女中よ、酒が足りぬ酒をくれ


儂との契りが暴かれて

あやつは御蓋山(みかさやま)に逃げ込んだ

儂は雪をかき分け後を追う

冬の吹雪は容赦なく

儂の尊い阿児(こ)を隠す


儂の手足は凍りつき

思いあまって崖へ行く

白い小丘に躓(つまず)くと

あやつは冷たく安らかに

紅の頬は透き通り


儂の名は仏師将軍万福(ぶっししょうぐんまんぷく)

名前のほどにあやつを救う力もない

儂は百済の末裔の仏像作り

同じ百済の血を継ぐ

大和の王の姫(光明子)のため

仏の守護神を彫る


儂は作る、儂の為

今度は捕まえ損ねぬやう

幾代ののちの儂に伝えやう

あやつの姿あやつの心

全ての面影を三つの面(おもて)に

激しさには

上の腕(かいな)に乗せた月と日輪

たおやかさには

中の腕に一つの楽器をもたせやう

真摯な気性には真前(まえ)に合わせた両の手を


西金堂八部神将に唯一の

武具を纏わぬその姿

愛を守るに弓矢は要らぬ

戦(いくさ)に臨む神々に

そぐわぬ姿は儂の謎


人よ知れ仏よご覧あれ

生涯にまみえぬ者

儂も追い疲れた

それでも尚

永久(とわ)に追う儂の魂の業火を

この像に封印しやう


さあ、もうよいだらう

酒は尽きた

儂の命も百済(こきょう)から

遠い大和で尽きるのだ




解説

*興福寺

http://www.kohfukuji.com/

*御蓋山 奈良春日大社の裏にある山

*西金堂(さいこんどう) 興福寺の東金堂とともに立てられた仏殿。現在は焼失。跡地が残る。

*万福将軍は、光明子(聖武天皇の后。藤原不比等の娘)が母橘三千代夫人の菩提を弔うため天平6年(734)に西金堂を建立した際、八部神将を含む仏像群を作ったと言われる。

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詩篇 興福寺阿修羅幻影 泊瀬光延(はつせ こうえん) @hatsusekouen

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