第3話

ゆらゆら笑う、二人の姿を見送って僕は再び歩き出した。

足を踏み出すたびに、さくさくと心地よい草の音が響いている。真っ赤に濡れた地面は、暖かな日差しに当てられ乾いていき、今度は色あざやかな草花が地面を彩っていく。

足を進めるほどに、それはぐんぐんと伸びていき、僕の背丈を越えるほどに長く伸びた茎や葉が、頬をかすめてちくりと肌を刺した。

それは何も身につけていない素肌を、容赦なく切りつけていく。

ほとんど家の外へ出たことがない僕は、この色鮮やかな景色の中で目を細めながら、背の高い草花を押し分けて進んでいった。

かさかさ音を立てて歩く僕に「ねえ」と、小鳥のように僕を呼ぶ軽やかな声がした。

「はだかんぼさん、どこ行くの?」

音のする方へ顎を向けると、縦長の赤い花びらがびっしりとついた大きな花の中から、僕を見下ろす少女がいた。

波打つブロンドの髪がとても綺麗で、まるでお人形のような女の子だ。

つるりとした肌は、噛んだら甘い蜜が溢れてきそうなほど柔く白い。

なぜか上半身裸の少女は、ごろりと花びらの上に転がっている。

お空のように真っ青な瞳が僕を見つめていた。

「お前も裸じゃないか」

少女は「そうね」と頬に手をあて笑っている。

「ねえ、ココ知らない?さっきまでいたのに、またどこかに行ってしまったの」

「ココならついさっきまで一緒にいたよ、エドに連れられてどこかに行ったけど」

そう言った僕を、つまらなそうに目を細めて少女は見下ろした。

「あの子犬いつもココを連れて行っちゃうのよね」

「そんなことより僕のスティーブン知らない?いなくなっちゃったんだ」

ぷくりと頬をふくらます少女は、ちらりと僕を見て手招きした。

頭一つほどのところにいる少女は、大きな花びらをベッドにしてくつろいでいる。

少女のいるところへよじ登ろうと、僕はまぁるい葉っぱに足を引っ掛けた。

大きな花びらに手を置いたら、僕の小さな手はべちゃりと真っ赤に染まっていた。それはさっき嗅いだ匂いにそっくりだった。

「気をつけて、そこまだ乾いてないの」

ベタつく指先を擦り合わせ、ゆらゆら周りに咲いている花を見渡した。

真っ白に咲く花の中で、ポツリとここだけが赤く染まっている。

「ココとお喋りしていたら、真っ白なお花もココの背中みたいになっちゃうわ」と少女はくすりと笑った。

頭一つほどのところにいる少女の方へよじ登ろうと、まぁるい葉っぱに足を引っ掛けていく。

ベタつく指先は濡れた花びらをつかみ、頭上にいる少女に視線を合わせた。下着だけ身につけたとても小さな少女は、花びらの上をごろりと寝転がっている。少女の青い目玉がきらりと光った。

「わたしはペティ、あなたは?」

「僕はスティーブン」

「スティーブン?探しものとおんなじね」とペティは微笑んだ。

そのとき僕は気がついた。

ペティの足は、付け根から20センチくらいしか無かった。

ペティは、無い足をバタつかせるように動かしてくつろいでいる。

「ねえ、ココ知らない?ずいぶん見ていないの」

「さっきまでいたんじゃないの?」

「ええ、そうよ。たしかにいたわ、でも今はいないじゃない!」とペティは叫んだ。

「ココを探すまえに、足を探したほうがいいんじゃない?どこかに落としてきたの?」と僕はペティの足のあいだを指さした。

「これはもともと無いものだから、必要ないの。ああそうだ、あなたがココになってくれればいいのよ!そうよ、あなたはココだわ!」

ペティは輝くような笑顔を見せて、眉をしかめる僕の元へ、腕を伸ばして這ってくる。

「僕はココじゃないよ」

「いいえ、あなたはココよ!ああ、ココ…あなたがいないとお空が青いまんまだわ」

そう言ってペティは青い空を見上げた。まつげの長い大きな瞳が徐々に潤んで、そこからぼとぼと大きな水のかたまりが溢れ出す。しくしくと泣くペティの目玉からは、ひっきりなしに透明な水が溢れていき、しだいに花びらの上には水溜りができた。それは僕の足のあいだをチャプチャプ音をさせ地面に落ちていく。

花びらの隙間を覗き込めば、その下はもう川になっていた。

このままじゃ溺れてしまいそうだ。

僕はそれをどうにか止めようと、泣いているペティの顔をつかみ、ぐっと力を込めて目玉を押した。

「いたい、痛いわスティーブン!潰れちゃう!」

「だって止まってくれないじゃないか、溺れたくないもの」

泣きわめくペティの目玉を、僕は押し続けた。手入れのしていない僕の伸びた爪は、柔らかな肌を押しつぶし透明な水が赤く染まっていく。

短く息を吸った音が、ペティの喉奥から聞こえたとき、がくりとペティの体から力が抜けた。ふわりとその体が僕の肩に寄りかかる。

ペティの目から指を外すと、粘ついた赤い液体が糸を引き、僕の指を濡らしていた。

片っぽの目の中からぽたぽたと流れ落ちる赤い血は、頬を伝い顎から落ちて僕の手や腕を染めていく。

よく見ると、それはペティだけのものではなかった。

「まあ、大変ね」

頭上から呑気な声が響いた。

ゆらゆらと、ココが僕の上を飛んでいる。顔を上げると、ほっぺに血がぽたりと落ちてきた。

花の上に降りてきたココは、僕を押しのけペティを抱きしめた。そして血に濡れた頬にキスをして、ぺろりと舌で舐めた。

「涙の止め方を知らないのね、スティーブン。こんなもの飲みほしてしまえばいいのよ」

そう言ったココは、まだ血が流れているペティの片目を、パクリと口を開けてかぶりついた。

紅い唇からずるりと伸びる細く長い赤紫の舌が、ペティの穴のあいた目の中へと入っていく。異様に長い蛇のような舌で、目の周りの血をくるりと舐めとり、よほど美味しいのか穴の奥までその舌は伸びていった。ココの舌の動きに合わせてペティの顎がガクガクと揺れている。

ペティの目をぱくりと咥えるココは、瞼を閉じてその甘く香る赤い液体を味わっているようだ。

少し驚いた僕は、ぱちりと瞬きをした。

そんな僕を置いといて、ココは力なく項垂れるペティを大きな体で押し倒し、喉の渇きを潤すように、さらにごくごく飲んでいた。

ココの体の隙間から伸びた、ペティの細い腕がぴくりと動く。

ココの体の下にいるペティは、痛みはもうないのかにっこりと微笑んでいた。けれど、その片目にあった、青く光るものが無くなっている。やっぱりつぶしてしまったのだろうかと、ココをちらりと見つめればココのほっぺたがぷくりと膨らんでいた。

まるで飴玉を舐めるように、舌で何かを動かしている。

僕の視線に気づいたココが、片目を閉じてぬめる舌を出した。

そこには僕がつぶした、歪な形の青い目玉が乗っていた。

ココはすぐに唇を閉じて、ペティの金色の髪を愛おしそうに撫でる。

そしてゴクリと喉を動かした。

「あらあら、可愛いペティ。足も無くておまけにおめめも無くしたのね。次は何を無くすのかしら」

「ココじゃないことは確かよ!」とペティはうふふと笑ってココに抱きついた。

「大好きよ、ココ。ずっとここにいてね」

ココはその言葉に、何も言わずに微笑んだ。

「君がきてくれてよかった、危うく僕がココになるところだったんだから」

「ペティにとってはみんながココなの」とココは僕に囁いた。

「そんなことないわ、あの子犬はココじゃないもの」とペティは頬をふくらます。

「それにあの子も……」

その言葉のあとが聞き取れなくて、耳を澄ましたけれど、ペティはココの腕に抱かれて眠りについてしまった。

ペティを見つめる僕にココは小さな声を出す。

「スティーブンはここにはいないわ、他を探したら?」

「うん、そうするよ」

そう言って、僕は背の高い赤い花を降りていく。地面に裸足の足をつけると、そこはもうすっかり乾いていた。

そのとき、ぽたりと何かが落ちてきて、上を見上げたら羽を広げたココが空を舞っていた。

またここが川になってしまったら、今度は両目をつぶせばいい。

高く伸びる草をかき分けて、僕は歩いて行った。





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