兄弟げんかはかくありき

凍った鍋敷き

兄弟げんかはかくありき

「たけのこの里など、きのこの山の足元にも及ばぬ!」

「きのこの山なんて、たけのこの里の前には塵に等しい!」


 今日も今日とて兄と弟は互いの主張をぶつけあっていた。

 きのこの山とたけのこの里。伝説のライバルだ。


 兄はきのこ武闘派。弟はたけのこ理論派だ。

 普段は仲の良い兄弟だが、この問題だけは互いに相容れぬふたりであった。

 

 この不毛な争いに辟易していたのはふたりの母だ。おやつにどちらかを出そうものなら、出なかった方が烈火のごとく怒りだすのだ。

 風雲急を告げるお菓子の桶狭間である。


「あんたたち、いつもバカやってんじゃないわよ!」

「ぬう母上、とめてくれるな」

「かあさん、兄貴には知らしめてやらねばならないんだ」


 母親の言葉など届かぬ様で、ふたりは龍虎の激突を思い浮かばせる羅刹顔で相対していた。


 母親は唸る。

 このバカ兄弟をどうしてくれようか。

 雷を落とすのは簡単である。頭に握り拳を落とせばよい。

 だが、それでは解決にならないのである。


 ピカリンコ!


 母親の頭に天啓が降りた。

 走る稲妻はニュータイプの証。

 母親はコンビニに走った。

 雷神の如くレジに並び、風神の如く走り帰宅した。


「ほら、おやつ買って来たわよ!」


 母親はテーブルにコンビニ袋を置いた。

 兄弟の視線は釘づけだ。


「母上、まさか、たけのこなぞ買ってはおらぬよな?」

「かあさん、まさか、きのこなんて俗物、買ってきてないよね?」


 ふたりは眦を揚げ、母親を見据えた。

 翻って母親は、そんな息子たちを、菩薩の笑みで受け入れた。


「いいから、袋から出しなさい」


 ふたりは先を争うように袋をさかさまにした。ぽとりと落ちるふたつの箱。


「ぬぅ、きのこの山!」

「わぁ、たけのこの里!」


 お互いが望むものを手中にし、満面の笑みを浮かべたが、即座に険しい目つきへと変わった。


「たけのこの里など、きのこの山の足元にも及ばぬ!」

「きのこの山なんて、たけのこの里の前には塵に等しい!」


 またもや最終戦争アポカリプスが勃発したのだ。

 オオブッダ。この世に平穏はないのか!


 その時、母親が動いた!

 ふたりが手にした至極の宝を奪い取ったのだ!


 なんたるゴウマン!

 なんたるフソン!


 だがしかし、菩薩のスマイルは憤怒へと変わった。


「良く聞け者ども」


 母親は、阿修羅が乗り移ったかのようなアルカイックスマイルマックス憤怒で息子らを見つめた。

 唖然とする兄弟は、なす術もなく口を開けていた。


「いいこと。相手が何を食べようが好きだろうが勝手でしょ? 相手の文句ばっかり言ってないで、自分の好きなものを褒め崇め讃えなさい!」


 母親の言葉に特大の衝撃を受けたのか、兄弟は凍りついた。


「でないと、おやつ抜き」

「弟よ」

「兄貴」


 ふたりは手に手を取った。母親の【おやつ抜き】という愛のむちは、ふたりを動かしたのだ。

 

「きのこの山こそ至高! 何人たりとも揺るがせない真理!」

「たけのこの里こそ人類の希望! 神から賜った真実の実!」


 兄弟は自らの派閥を褒め称えはじめたのだ!

 恍惚とした笑みを浮かべ、手に取ったおやつを愛でるふたり。


 ゴウランガ!

 なんというラクエン!

 なんというゴクラクエズ!


 母親は満足の笑みを浮かべ、徐に箱を取り出した。

 表に大きく【小枝】とかかれた箱を、若かりし頃に浮かべていたトキメキスマイルで、見つめていたのだった。

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