同居人 二


 一歩進めばサクリ、と足元に敷き詰められた落ち葉が音を鳴らす。

 ふと、斜面を見れば野イチゴが赤々と実をつけており、豊かな自然を感じさせていた。

 空高くから落とされる日の光は木の葉に遮られ、槍刺すように細々と地面を照らし出している。


 玉麗は、山を登っていた。

 商人を襲う野盗が居着いたと言われる享梨山だ。


「まさか、こんなところで手掛かりが見つかるとは……」


 玉麗は高揚していた。

 旅を始めて六年、一度も姿を現さなかったその影を、ようやく垣間見ることが叶ったのだ。その喜びは玉麗に一層の活力を与えている。


 整理された山道を進み、餞別に貰った空団子を齧りながら今一度、店主の言葉を思い出す。


 ――その方なら三月ほど前に村へ現れましてね、野盗に何かを売りつけてましたわ。え、どんな物か……ですかい? さぁねぇ、札のような物だった筈でさぁ。


「……ん? 今、何か……」


 玉麗は仄かに違和感を覚えた。しかし、それが一体何なのかは分からない。

 だが、店主の言葉に妙な引っ掛かりを感じるのは確かなのだ。


 考えながら進む玉麗。すると、大きな横穴のある開けた場所に着いた。


「これは……まずいな。囲まれてしまったか」


 背の高い草薮の影、木々の裏。周囲のそれぞれから気配を感じる。

 どの瞬間に襲いかかってくるか分からない。

 玉麗は、何時でも抜けるよう腰の刀に手を当て、鯉口を切る。


 すると横穴の中から、刀を一振り携えた一人の青年が現れた。


「こんにちは、旅のお侍さま。突然で申し訳ないのですが、おとなしく捕まっていただけませんか? 俺達も、出来るだけ手荒な真似はしたくないんです」


 とても丁寧に、それでいて少し悲しげな表情をしながら、彼は頭を下げる。


 これが、例の野盗なのか?

 玉麗には、目の前の青年から悪事を行うような印象を見受けられなかった。

 それに彼も、周囲を取り囲む気配からも、これといって明確な悪意を感じられない。


 店主の言葉と同じく、彼らも何か違和感がある。

 それでも、彼らは今、自分を捕らえようとしているのだ。敵なのだ。

 玉麗は、警戒しながら口を開く。


「なぜ、私を捕らえようとする。事情があるなら話してみないか?」

「それは……お話しできません」

「……ならば、貴方達は敵だ」


 すると、青年は悲しげな表情をより一層深くした。


「では、仕方ないですね……許して欲しいとは言いません。恨んで下さって構いません。それでも……それでも俺達にはこうするしかないんだ! みんなッ、行け! 掛かれぇッ!」


 そう叫んで青年は刀を抜き放つ。

 同時に、茂みに隠れていた残りの野盗達も姿を現す。その手には斧や草刈り鎌、木槌が握られていた。


 ――まるで、一昔前の農民一揆に見えるな。


 幼い頃読んだ歴史書に載っていた、農民に力を持たせないための令、刀狩りを思い出しながら、玉麗は刀を鞘から抜いた。


 しかし、彼らを斬り捨ててはいけない気がする。手心を加えるべきなのだろうか。

 そう悩みながら玉麗は、背後に近づいていた男の振りかぶった木槌を、振り向きざまに斬り無力化させる。


 ――悩み続けても仕方がない……殺さない方向で行こう。


 やれやれと言わんばかりに玉麗は溜め息を吐き、刀を逆手に持った。

 そうして、片手に残った持ち手だけで挑みかかってくる男の腕を掴んで引っ張り、額に力強く刀の柄頭を叩き付けて、彼の意識を飛ばす。


「さて、次は誰だ?」

「っ……おっ、ぅおおおおおッッッ!」


 挑発するように周囲の野盗達へ視線を向けると、触発された一人が飛び掛かってきた。

 しっかりと砥がれていないのであろう、刃の欠けた草刈り鎌を振りかぶっている。

 いくらボロボロの刃であろうと、当たれば怪我は免れない。刀で対応しようにも距離が近く、思うように振り回せないだろう。それに、殺さずに戦わなければならないのだ、斬る事は御法度である。

 ならば――


「え――うわぁっ!?」


 鎌を籠手で受け止める。

 馬鹿げた業物でもない限り、草刈り鎌程度で籠手は斬られやしない。それに加え、全く手入れされていない物に、傷を付けられようか。


 そのまま玉麗は男に足払いを仕掛け、倒れた彼の額に鞘のこじりを打ち込み、意識を刈り取った。


「ひっ、わぁあああああっ!」


 その光景に恐慌したのか、槍を構えた男が真っ直ぐに突撃してきた。


 せっかく間合いを取りやすいモノだというのに、海外の突撃槍のような扱いをするのは意味がないだろう。

 玉麗はそう思いつつ、鞘で槍を横へ弾いた。

 予想外の力によって強制的に方向を変えられた男は、蹴躓くように接近してくる。

 慌てたその間抜け面に、玉麗は拳を叩き込むと、転げるように倒れた男は、すぐに気を失った。


「ふぅ……」


 やはり素人だ。一息ついた玉麗は、刀を鞘へ仕舞い込む。

 槍はともかく、木槌や鎌を道具として扱ったことはあっても、武器として扱った経験が少ないように見える。

 更に言えば、戦い自体に慣れていないと玉麗は感じた。なにしろ、せっかく周囲を取り囲んでいるのに一人、また一人と一騎打ちのように掛かってくるのだ。

 声高々に名乗るような武士ならいざ知らず、道理無法の野盗が連携の一つも無しに挑んでくるのは素人としか言いようが無い。


 そう考えた矢先――


「単騎で挑んでもダメだ! 力を合わせるんだ! 皆で、息をそろえてッ」

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