第一話 同居人
同居人 一
風が吹いた。
ふわり、と流れに乗って髪が躍る。
腰ほどに伸びたソレは、旅をするには些か邪魔だ。いっそのこと、肩まで切り揃えたいとまで少女は常々思っている。だが――
「スズは怒るだろうか……きっと、ひどく怒るのだろうな」
脳裏に浮かぶ女性の姿。
『その美しい御髪を切るだなんてとんでもない!』と、涙を浮かべてぷりぷり怒っている姿が容易に想像できて、思わず苦笑いをしてしまう。
……彼女の顔を見なくなって、もう六年。最初の頃は恋しくなって何度も涙を流していたが、今では脳裏に描くことにさえ時間が掛かってしまうようになった。
悲しいのだろうか、寂しいのだろうか。それすら、分からなくなってきている。
もう一度、風が吹いた。
まるで励ますように吹くその強い風は、誰かが背中を押すかのようで――
心の靄が少しだけ、晴れたような気がした。
今日は面白いことがありそうだ。
確証はない。ただ、これだけ心地よい風が吹くのだ。
理由は、それだけで十分だろう。
少女は歩き出す。灰栗色掛かった白髪を、頭頂部に生えた狐耳を揺らしながら。
思い浮かべるのは旅の切っ掛けである、長い黒髪の呪術師。
少女は、藍色の瞳に仄暗い復讐の炎を燻らせている。
だが今は……風に吹かれた今だけは、ソレを忘れていたい。
風の心地よさに、思い出の美しさに包まれていたい。
そう思いながら少女――
足取りは、お世辞にも軽やかとは言えなかった。
◆◆◆
「野盗?」
団子を頬張りながら玉麗は聞き返す。
ここは山の麓にある村。目的地である朱陸の町へ続く街道沿いにある小さな村だ。年寄りや幼子が多く、出稼ぎに出ているのだろうか、男も女も若い者は見当たらない。
一休みでもしようとこの村に立ち寄った玉麗は、団子の幟を掲げた小さな屋台を見つけるなり、長椅子に腰を下ろして名物と銘打つ空団子を頼んでいた。
そして、お茶と共に団子を持ってきた店主から聞いた話が――
「へぇ、
件の野盗の話というわけだ。
店主が言うには、野盗は最近現れ始めたようで、規模や活動する時間帯も定かになっておらず、村へ下りてくる事も無く、誰もその姿を見たことが無いらしい。襲われているのは商人ばかりだが、むやみやたらと襲撃している訳でもないようで、無事に通ってくる商人や商隊もいるようだ。これも明確な基準は見受けられなかったという。
そのため、町に配属されている検非違使も手をこまねいているようだ。
「なら、包囲網を張ったうえで突撃すればいいんじゃないのか?」
「それが、そうもいかねぇんでさ。警察形の人員が少ないってぇのもあるんでしょうけど、基本的にあいつら、お役所仕事しかしませんからねぇ」
そういうものか。
玉麗がそう呟くと店主は山彦のように、そういうもんでさ、と返す。
「お客さん、お侍さまでしょう? 片方は袋に包まれてるが、刀を二本差したぁ……いやぁ、若い女性の身で立派なもんだ!」
「おだてても野盗退治へは赴かないぞ。それに私は一介の旅人に過ぎない」
「そうですかい……いったいどういった理由で旅を?」
茶を啜り、一拍置いてから答える。
「人を探しているんだ。綺麗な顔立ちで、長い黒髪の男だ。何か知らないか?」
「ああ、その方なら見かけた事ありまさぁ。お客さんみたいに、洋服と和服を合わせて着こなしてる人でしょう? あまりに綺麗なモンで、いやぁ、見惚れちまったのを覚えてますよ」
玉麗は持っていた湯呑を落としそうになった。
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