第19話

 妖精を全て捕らえた途端、妖精の泉は崩壊した。ます泉が濁って、はじけると嫌な臭いをふりまく泡と羽虫を量産する紫色の泥沼になり、草が見る見るうちに枯れ果てて、拱廊と作っていた大樹がみるみるうちに収縮し、枯れて捩れた焦げ茶の葉がばらばらと落ちてきた。妖精の専門家は大切なことを言い忘れていた。妖精の泉から妖精がいなくなると、その泉は死んでしまい、二度ともとには戻らないのだ。

「最低でも二、三匹は残しておく必要があります」そういったのはフォイ族の村に帰ってからだった。村はまだ燃えていて、火から逃れようとするインディオたちが猟兵の餌食になっていた。

「それを先に言わんか。まあ、滅んだものはしょうがない。これからは二、三匹残すようにする。密猟は禁止。やったら処刑だ」デ・ノア大佐はそこで葉巻を吹かした。「処刑で思い出した。オレイブリー大尉とフォイの生き残りどもの処刑を済まさんとな」

 兵士が二人、オレイブリー大尉の両脇をがっしり抑えた。

「処刑? 約束が違うじゃないか!」

「貴様のような人間のクズとまともに約束なんぞすると思っていたのか? 馬鹿が」

「くそっ、せめて銃殺にしてくれ。同じ軍人の誼で――」

 デ・ノア大佐はオレイブリー大尉の額に葉巻の火を押しつけた。大尉の悲鳴に負けず大きな声で大佐が喚いた。「同じ軍人だと! 貴様とわしが同じ軍人だと! 寝言は寝てほざけ、ゴミ野郎!」

「わ、わた、わたし、わたしは、わたしは勲爵士だ」泣きじゃくりながらオレイブリー大尉が言った。「貴様のような成り上がりの軍人に侮辱されるいわれはない!」

「ほう、そうかい。だが、わしの隊にだって、伯爵が二人いる。二人とも放蕩が過ぎて家から放り出されたわけだが、しかしまだ爵位は失っていないし、何よりも軍服を着て、戦っている。軍服を脱いで、インディオに銃の撃ち方をちまちま教えていた貴様のような卑怯者には銃の弾なぞ勿体無い」それから大佐はデ・レオン大尉のほうを向いて叫んだ「そいつらの喉を切り裂け! 全員だ!」

 そういった瞬間には黒くほっそりとしたシルエットが影のように動き、二人のフォイ族が喉から血を噴いて倒れていた。デ・レオン大尉はいつのまにか返り血を浴びても大丈夫なように顔や柔らかい金髪もふくめた全身を黒の反物で巻き包んでいた。返り血の心配がなくなったデ・レオン大尉はあの切り裂き用の手袋を両手に嵌めて、ズアーヴ兵によって無理やり引っ立たされたインディオたちのあいだを優雅かつ気まぐれに巡り歩き、そのたびに手を閃せた。すると、インディオの切り裂かれた喉から美しい花火のように鮮血が空へ向かって噴き出し、むせるような鉄臭さがあたりに充満するのだった。燃える村を背景に黒い影と化したデ・レオン大尉が輪舞曲でも踊るような調子で五十人近いインディオの喉を次々と切り裂いている。ただ切り裂くだけでは芸がないと思ったらしく、わざと刃をひっかけて喉仏を抉り出してみたり、震える少女の顎に優しく二本の指を添えて上を向かせ、黒い布に隠れた顔を微笑ませてから、両方の手を左右に引いてX字に切り裂いたりと工夫を凝らしていた。黒装束で唯一露出している二つの眼はただ冷徹に切り裂くべき喉を見つめ、次の瞬間にはインディオの頸に走った真一文字の赤い線がその瞳に映っていた。

 フォイ族の生き残りが為すすべもなく殺されていくのをオレイブリー大尉は無理やり見せられた。何度も顔を背けようとしたり、目を閉じようとしたが、そのたびに大佐の部下が無理やり顔を大虐殺のほうへ向けて、瞼をこじあける。

「すまない」オレイブリー大尉は泣きながら、声を絞り出した。「許してくれ」

 全員の処刑が終わると、デ・レオン大尉は口を覆っていた布を引き下ろして、ふう、と息をつき、「任務完了。ああ、息苦しかった」と全く邪気の無い微笑を見せた。オレイブリー大尉はがっくり頭を下げたまま、ぶつぶつと何かに許しを請っていた。

「デ・ボア大尉」新しい葉巻の口を切りながら大佐はフランソアに命じた。「この臆病で、薄汚い卑怯者のクズ野郎をぶち殺せ。いいか、一撃で死なせるな。最低でも五発はもたせろ、いいな、五発だぞ」

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