第18話
次の日の午後十一時、戦いは始まった。先行していた猟兵たちが待ち伏せを仕掛けていたインディオを発見し、先に攻撃、銃撃戦となった。猟兵大隊は人員を全て投じて敵と常に接した状態を維持した。四個歩兵大隊がその銃撃戦に加わるとフォイ族は押され気味になり、山砲二門が砲撃を始まると、インディオたちは潰走を始めた。
このあいだに見せたデ・ノア大佐の勇気に関しては本物であったことを認めなければならない。胸の勲章は伊達ではなかった。敵の大将と目され、彼を狙ったしつこい狙撃が三度あったにもかかわらず(そのうちの一発は彼の帽子を貫通した)、彼は頭を下げたり、他の兵士たちみたいに木に隠れたり、地に突っ伏したりしないで、葉巻をくわえたまま悠然と左右に動きまわり、その葉巻で指して兵士たちに細かく射撃目標を指定していた。
戦闘が終わると、インディオたちは七つの死体と二人の捕虜を残して戦場から去った。地獄旅団も一人が戦死、一人が腹を撃たれて重傷、まず助からないというのが軍医の見立てだった。
「わしの部下が一人殺されるごとにやつら十人が死ななきゃならん。その二人の捕虜を殺してもまだ十一人足りない。最低でも十一人のインディオを殺せ。見つけたらもっと殺せ!」
六百名を超える歩兵を相手にフォイ族は守り切ることができず、側面からの奇襲も森をうろつくことになれた猟兵たちによる援護で難しかった。六百名の兵士たちは確実にフォイ族の里に近づいていた。別の方向に誘導しようと、叫び声を上げたり、銃を撃ったりしたが、このあたりの地理に詳しいインディオが敵の側についたらしく、フォイ族の里はついにとうとう地獄旅団に見つかった。フォイ族は狩猟で生きるが、決して里を捨てたりはしない。眼下に広がる椰子の葉で葺いた屋根の海に対して、デ・ノア大佐は隊を小隊ごとに分けて、村へつながる主要な道を占領させ、完璧な包囲を行うと山砲二門にありったけの榴弾と焼夷弾を撃ち込ませた。火と土が沸騰したように飛び上がり、水をかけても消えるどころかよりひどく燃え上がる悪魔の火に襲われながら、フォイ族の男女が建物から燻し出された。
あらかじめ主要な逃げ道を狙っていた各小隊が炎から逃れようとするフォイ族を次々と撃ち殺した。止まぬ銃撃にフォイ族はまた火の海へと押し戻された。何人かは里の背面の崖を上ろうとしていた。そんなことはとっくに予想済みのデ・ノア大佐は射撃に長ける猟兵たちに崖を上る連中を撃ち殺させた。
「やつらが崖を上り始めても――」デ・ノア大佐は猟兵大隊の指揮官であるディアト少佐に厳命した。「すぐに撃つんじゃない。それじゃ皆殺しにできん。やつらが崖を中途まで上ってからだ。そこで撃ち込め。そうすれば、敵はこのまま上るべきか手を放して落ちるべきか考えて、動きが鈍る。そのときこそ皆殺しにできる」
デ・ノア大佐は皆殺しの芸術家だった。一度戦争が始まれば、どうやれば皆殺しにできるかを考え、常に適切な選択を採ってきた。
一縷の望みをかけて戦士たちが着剣した状態で突進してきたが、森に隠れた地獄旅団の山砲による霰弾を含めた猛射に耐えかねて、やられたインディオたちの死体やまだ生きているのを残して、また火のついた集落へ戻された。
「もっと山砲がいるな」デ・ノア大佐は言った。「それに弾もだ。榴弾も榴散弾もブドウ弾も霰弾も、それに兵も欲しい。駄獣も欲しい」
猟兵大隊のディアト大佐から伝令が届いた――こちらに白旗を振ったヨーロッパ人聖職者が近づいている。指示を求む。
ピンとくるものがあったのだろう。大佐はフランソアとデ・レオン大尉、それとトマス神父に同行するよう言った。
燃え上がる村を背景にして、インディオの少年が白旗をかかげ、カトリック司祭の服を着たヨーロッパ人は両手をあげて出てきた。さらに後ろには女と子ども、老人、怪我を負ったものたちが五十人ほどいた。
「わたしはジョン・オレイブリー神父。司令官とお話したい」カトリックの司祭は背筋を伸ばして言った。「降伏についてお話したい」
「司令官はわしだ」デ・ノア大佐は白旗を持ったインディオの少年を挟む位置に立って、カトリック司祭に話しかけた。「降伏についてといったが、どのような条件をお望みかな、オレイブリー神父」
「全員の助命嘆願です」
「その代償は?」
「それは――」
オレイブリー神父が言いよどんでいるのを見たデ・ノア大佐は銃を抜くと、白旗を持ったインディオの少年の頭を吹っ飛ばした。
「ああ、神よ!」トマス神父が十字を切った。
「貴様、なんてことを!」オレイブリー神父が言った。
「ここは、おお、神さま!とでも言っておくべきじゃないのか? 大尉」
デ・ノア大佐はニヤニヤ笑いながら近づき、司祭の服の襟をつかむと一気に下に破った。露になった肩には紫色の縦に長い痣が残っていた。「こりゃ不思議だ。カトリック司祭の服を破いたのに出てきたのは十字架のかわりにライフルを撃ったときにできる痣じゃないか。しかもこの痣の色具合だと相当撃ってるぞ」デ・ノア大佐は声を低くした。「いいか、少佐、それとも大尉、それか中尉。まさか少尉じゃないよな。低すぎる。中佐でもないな、高すぎる。まあ、とにかくあんたの立場はいま最悪だ。アイルランド訛りのメイベルラント語を話せるということ自体が奇妙だし、前人未到の不帰順部族で知られたフォイ族の村に無事にいたというのもおかしい。トマス神父!」
ひゃ、ひゃい!と情けない声で返事をして、トマス神父は恐る恐る近づいてきた。
「このあたりであなた以外のカトリック聖職者が派遣されたという話をお聞きになったことは?」
「いえ、ありません」トマス神父は震えながら答えた。白旗の上にあぶく混じりの真っ赤な血を流す少年の骸から目が放せなかった。「たとえ、修道会が異なっても、カトリック系であれば連絡は取り合うことになってますから」
「そういうわけだ、パードレ」デ・ノア大佐は葉巻の灰が均等になるように斜めに向けて吸いながら話していた。「軍服を着ていない軍人が軍事行動をした場合はどうなるかわかっているな? 軍法会議の末に絞首刑だ。だが、あんたにはまだチャンスがあるかもしれん」
大佐は葉巻を口から話して灰の出来具合を見て言った。
「妖精はどこにいる?」
「教えたら、助命してくれるのか? 村人たちも一緒に?」
「してやる。だから、気が変わらんうちに教えることだ。軍服の名誉を汚すということに関して、わしはかなり深い怒りを覚えている。だから、それを抑えてくれる清涼な光景を見せてもらわねばならん」
オレイブリーは困り果てた顔をして、大佐とフォイ族の生き残りたちを代わる代わる見た。
「村人たちと相談したい」
「どうぞ。ご自由に。だが、なるべくはやくな。気分次第でまた一人撃ち殺しかねない」
オレイブリーは村人たちにフォイ族の言葉で話しかけた。話し合いはなく、すぐにオレイブリーが振り向いて、「案内する」と言った。
インディオの女が一人立ち、それにオレイブリーも同行することになった。残りの村人たちを捕らえておくために一個中隊を残しておくことにした。これについては異論が出た。みな妖精を捕まえることを目的にこの遠征に参加したのだ。結局、兵卒が捕らえた妖精は三分の二が捕らえたものに、三分の一が留守番組の権利として保管されることになった。士官についても同様で唯一の例外は大佐だった。大佐はこの遠征に参加させた妖精の捕獲と育成の専門家を連れて、鳥籠も五個持ち歩いていた。
「今からいけば――」オレイブリーは言った。「夜までには村に戻れる」
「フォイやレダンゴといった連中は妖精を神の一種として見ているそうだな」大佐が言った。「つまり、連中は神を安売りしたわけだ。自分の命と引き換えに」大佐はくっくと笑った。「そうだ。パードレ。この際だから、きちんと聞いておこう。所属部隊と階級、それに本名は?」
「ジョン・オレイブリー、アイルランド・フュージリア連隊、階級は大尉だ」
「イギリス人ってのはつくづく妖精が好きなんだな」大佐は勝者の余裕を見せて砕けた態度で言った。「世界で話されている妖精にまつわるおとぎ話の八割がおたくの国から生まれたそうじゃないか?」
「それは知らなかった」
「わしもパンフレットで読むまでは知らんかった。それを産業革命の代償で失ってしまったのだから、哀れな話じゃないか」
住民は神聖な妖精の泉への道をすでに切り開いていたが、同時に巧妙に隠していた。枝葉を被せ、時には空から落ちてくる木漏れ日の影さえも利用した。インディオの女はそうした人の目を欺く森の仕掛けを一つ一つ解いていき、ついに泉に辿り着いた。
喬木の樹冠を屋根にした深緑の拱廊の奥より碧い水が湧き出て、それがいくつも筋をつくっている。その水面に飛び回る妖精たちの姿が映った。妖精たちは木漏れ日と追いかけっこをしたり、甘い木の実を頬張ったりしていた。俗物のトマス神父でも感慨を受け、神は七日かけて世界を作ったというが、そのうち六日と半日はこの美しい生き物を創造するために使われたのではないだろうかと真剣に考えてしまうほどだった。五十尾以上の妖精が飛び交う様相にデ・ノア大佐ですら陶然とした思いを味わい、葉巻の灰がブーツに落ちていることにも気づかなかったほどだ。
だが、一人だけ、自分の仕事を忘れていない男がいた。デ・ノア大佐が雇った妖精の専門家だ。彼は妖精が好きな木の実を自分のまわりに撒いた。そして、十数匹の無邪気な妖精が集まったところで投網を打った。その瞬間、男たちは自分が何のためにここに来たのか思い出した。そして、麻袋と虫取り網と鳥もちが造物主の最高傑作へと襲いかかったのだった。
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