ノウゼンカズラの夜明け

古田 沢音

 

 ああもうちくしょう、終わらない。

 朝の四時。夜空は既に藍色。蒸し暑いけれど、昨夕から雨はやんでいるらしい。出よう。

 彼女たちは今日は民家の軒先に立ち止まっていた。

「おはようございます遙さん、」

幼児載せ自転車を支えて立つ華奢な背中に声をかける。前の幼児座席の、目をばっちり見開いた子にも声をかける。おはようはるなちゃん。君は今日も早起きなんだね。君のママ、今朝も眠そうだよ。

 行かんほうがええよ、と遙さんは人差し指を口の前に立て、さらに、おっとりした関西弁で教えてくれた。

「この先のノウゼンカズラがな、えらいことになってんねん」

道の先がほんのり明るくなっていた。日の出ではない。

 そびえる木から葉を茂らせた蔓が垂れ下がり、蔓の先からオレンジ色のラッパの姿をした花がぶら下がっている。あれはノウゼンカズラというのか。滴るしずくのような花が、空から、ブロック塀からこぼれ落ちるような。そして、葉や塀を照らす、オレンジ色の光。

 花が光っているのだ。

 蔓のあちこちで花が明滅している。芯のほうで、花びらの先で、ふうわりふうわりと瞬く。あの光り方は――

「ほたる……?」

こんな明け方にも飛ぶものだったっけ? スマホの時計を確認する。四時二十六分。ついでに蛍の生態を検索しようとしたらはるなちゃんが声を上げた。背中が暖かくなって、くっきりと、地面に色がついた。夜明けだ。

 え、と見やるとノウゼンカズラがオレンジ色の花になっていた。戻っていた、と言うべきか。ただの、花に。

 太陽光で蛍の光が見えなくなったのかと駆け寄って見上げてみたが、虫の姿はない。

「……何だったんですかね、今の」

「人魂、かもしれませんねえ」

おっとりと不穏なことを言い、遙さんは自転車を押した。さぁそろそろパパも起きるで、朝ご飯の用意しよか、眠たいけど。

 挨拶をして、遙さんは自転車にまたがり、ノウゼンカズラの先へと漕いでいった。

 夏至は明けた。今日は空梅雨になりそうだ。

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ノウゼンカズラの夜明け 古田 沢音 @sawane_f

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