第94話 同級生と自分の部屋。
「どうかしたの?」
「ああ、いや、何でもない」
三好さんの声で思考から現実に戻って来た。
子どもの頃からパズルが苦手だった。決まった枠の中に、決まった物をはめていく。何故かその行為に嫌悪感を持っていたから。
だからだろうか、推理という分野にもかなりの苦手意識がある。
本で読んだりする分には楽しめるのだが、こういう風に自分の身に降りかかってくるとどうにも許容できない。いや、まあ誰しも人の生き死にを自分の手の中に置いておくのは嫌なのではなかろうか。
人の生死で楽しめる人間は、それだけで人間をやめているとさえ言える。
「なんか、怖い顔してるよ?」
覗き込むように心配してくる三好さんに、一応微笑みを作り、
「そんなことはありません」
とおどけて見せた。
「お兄さんのこと、あんまり好きじゃない、とか?」
その質問は恐る恐ると言う感じだったが、自分が思考に入る前に何の話をしていたかを思い出した。
「たしかに兄貴のことは嫌いだけど、本当に何にも無くてさ、ちょっと考え事してただけ」
「そ、そう」
申し訳なさそうな三好さん。本当になにも無いのだけれど。
「ところでさ、宿題とか出てない?」
どうしようもないので話題を変えた。勉強の話をしていた流れを戻そう。
「俺最近学校行ってなかったからさ」
「あ、そういえば、古典と生物、後物理で出てたよ」
「三好さんはもう終わってる?」
「ううん、まだ全然……」
フルフルと首を振る三好さん。
俺は席を立つ。
「じゃあ、一緒にやらない?」
「えっ⁉ お、教えてくれるの?」
何故か表情が笑顔に染まる三好さんに、若干引き気味に「ま、まあ分からないところがあるなら」と答える。
「やる! やろう!」
「わかっ、た、教科書と問題集取ってくるね?」
怖ろしくやる気な三好さんを残し、部屋に入った俺は、何故か激しい鼓動を押さえつけるために、大きく深呼吸をした。
テキストを手に取りダイニングに戻ると既に鞄から教科書類を机に広げた三好さんが待っていた。
「ねえねえ山野君、ここ、これってなんでxが0になるの?」
「さっき古典と生物と物理って言わなかった?」
開かれているのは数学の教科書。しかもだいぶ前の分野だ。
「私は数学やる。山野君は宿題をすれば良いと思う」
「宿題は、自分でやるもんだよ?」
ぴくりと動きが止まり、数学が閉じられ物理が開かれる。
「見せてとは言わないので、せめて、教えてください……」
分からないところを教えて貰い、宿題は見せて貰おうという魂胆だったらしい。なんと怖ろしい子。
「じゃ、まずは俺にどこをやるかを教えてください」
改めて席に着くと、二人の勉強会が始まった。
宿題をざっと終わらせて、三好さんの勉強を手伝っているとあっという間に六時を過ぎて、すでに外はかなり暗くなってきている。いや、もともと分厚い雲でかなり暗かったのが、さらに暗くなったと言い換えるべきか。
暗いうえに雨はいまだに降り続いていて、風もかなり強いため、改めて三好さんがスマホで電車の運行情報を確認したが当然動いておらず、結局、三好さんのお泊りは確定しそうだった。
ついでに、明日の休校が早々に決まったらしく、明日の授業も休みとなった。
気分転換の登校のはずが、まさか若干の問題を抱えて帰ってくることになるとは思ってもみなかった。
犬も歩けば棒に……、いや、何でもない………。
六時半を回った現在。ダイニングの机を勉強シフトから片付け、夕飯へと移行中。
「はい、これレンジで温めて」
「了解!」
三好さんは威勢よく受け取ると、冷蔵庫の上に置かれたレンジに料理を入れ、温め始める。
オレンジ色の光で照らし出される料理を鼻歌交じりに眺めている三好さんを横目で見ながら、俺は炊き上がったご飯を茶碗に盛り付ける。
よそった茶碗をテーブルに置くと、並行して行っていた温め中のみそ汁の汁椀をコンロのわきに備えておく。
「それにしても、これ全部鷲崎先輩が作ったの?」
「そうだよ。このキッチンは、もはや由利亜先輩用にカスタマイズされてるといってもいい」
「あ、だからこれがあるんだね」
視線をシンクからガスコンロまで伸びる台に向ける三好さん。たぶん、あの小学生のようなこのキッチンの主のことを思い起こしていることだろう。
甲高い電子音が鳴り、レンジの温めの終了を告げる。
「はい出来上がり~」
そういって取り出す三好さんに、俺は遅ればせながら忠告を口にした。
「そのレンジ、なんかやけに性能が良くて、少しの時間でもかなり熱くなるからーーー」
「ああああっつうううううういいっっ!!!!!!」
予想通り手遅れで、熱さに負けた三好さんは華麗にあっつあつの皿を放り投げた。
「おおっと、と」
まあ、予想通り過ぎたので、予備動作なしでキャッチにも成功した。もちろん手にはミトンをつけている。
「ご、ごめん……」
「いいよいいよ。こうして無事なわけだし。わかってたのに言わなかったの俺だし」
どういう反応をするのかが気になって、言えなかった。
あんなにも綺麗に放り投げるとは思わなかったが。
「わ、わかってたなら先に言おうよ……」
手をふうふうしながら訴えてくる。
「早く冷やしたほうがいいよ。必要なら氷も使って」
言いつつ熱い皿を机に置くと、みそ汁を温めていたコンロの火を止める。
患部に水を当てていた三好さんが手のひらを見ながら呟いた。
「やけど、は、してないかな」
「よかった。じゃあ、みそ汁よそうから運んでもらってもいい?」
「任しとけ! …て、それも熱々だったりしない……?」
「じゃあ、よそう方をやりますか?」
「そうしておきます」
三好さんにお玉を渡すと一歩下がる。パジャマ姿の彼女の姿を改めて全体像としてみることになったが、正直若干の違和感をぬぐえない。
自分の家に、女の子がいる感じがする。
いや、この家には確かに二人の女子の先輩が居候している。だから家に女子がいるのは当然といえる、のだが、今日に限って、なぜかやたらいるはずのない人がいる感覚とでもいうのだろうか、そういうものが働いて、なんとなく落ち着かない。
しかもそんな存在がパジャマなのだ。
違和感の権化だ。
「はい」
「はい」
手渡す側も、受け取る側も大して熱さを感じることはなくみそ汁を運び終えると、ダイニングに今日の夕飯がすべて並んだ。
主食にご飯。汁ものにみそ汁。主菜副菜、それに添え物がついてきっちり二人分。たぶん、もともとは俺と由利亜先輩の分で、天気のようすによっては帰ってくるつもりだったのだろう。
今のあの感じでは、車で外に出るのも危ないので、帰ってくることはできないだろう。
由利亜先輩のおばあさんは、父親との時間を作らせるために、由利亜先輩が祖母宅にいることをあまり良しとはしていなかったという風に聞いている。
現在に至っても由利亜先輩と正造氏の関係が修復されたわけではないし、何なら、おばあさんの考えている方法を、俺が邪魔してしまっている系図になってしまっているので、俺としてはあまり顔を合わせたくない人物の一人ではある。
きっと、山野一樹の弟だという情報だけで、お年寄りにはあまりいい印象は与えないだろうから。そのうえさらに孫のことが乗っかったりしたら。
想像するだに恐ろしい。
ぶるっと身を震わせると、はあと息を吐いた。
「じゃあ、食べようか」
「は~い」
席に着くと、いつも通りに挨拶をして、夕飯を口に運び始めた。
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