第79話 可愛いはジャスティス!!!!
九月下旬の土曜日。先輩の倒れた日の翌日。
その日の学校は休んだ。
昨日起きたことの数は多すぎて数え切れていないが、二日間の登校拒否と言うことになる。
学校祭の準備も手伝うと言っておきながら、今週に入ってからは全くの不参加を決め込んでいるので、三好さんには本当に頭が上がらない。あと、あの何だっけ、なんとか君。
先輩が運ばれたのは、当然と言えば当然、その両親が奇病患者病棟に入院中である総合病院だった。
由利亜先輩とともにタクシーで病院まで同行し、先輩の処置が終わると、入院の手続きを済ませて廊下で夜を明かした。ちなみに、先輩の保護者のは現在行方不明で、両親の預かり人をしている兄の裁量で全てが通ったのは今回に限っては有り難かった。全てが手っ取り早く進むことのなんと楽なことか。
そして現在。
授業を丸っとサボり、俺がなにをしているのかと言えば、もちろん、用意された病院の一室で先輩の病気の解決法の探求をしていた。
検査結果を洗い、様々な患者のカルテと照合し解析。体を捌くことは出来ないのでレントゲンやCT、MRIなどの画像診断を様々な医師に依頼し異常がないことを確認し、そして………
「やっぱ、病気じゃないんだよなああああ」
結論は廻る。
一応は病院だし、声を抑え気味に出したため息のような語尾は寝ている人を起こしてしまう程度にはうるさかったようで、昨夜珍しく徹夜した由利亜先輩がソファーで目を覚まし上体を起こした。
「…どうかした?」
寝ぼけ眼で聞いてくる由利亜先輩。
慣れないところで寝た所為だろう、変な寝癖がついていてなかなか面白いことになっている。
「すいません起こしちゃって。何でもないです」
「何してるの?」
小さなあくびを手で隠しながら、靴を履いてこちらに寄ってくる。
俺は広げていた資料を見られても良さそう物以外はそれとなく伏せて応じる。
「先輩の検査結果の洗い直しです。神様の仕業だ、なんて少し前に流行った妖怪アニメのパロディーみたいなこと簡単には納得できませんから、それと平行でこっちでも調べようと思って」
「ふーん… なにか解った?」
「いえ、まったく」
関心なさげな声を発しながら、俺の肩越しから資料を一枚取り英語で書かれた検査結果を「うげ、何じゃこりゃ」とか言いながら在った場所に戻す。
「これ読めるの?」
まだ少し眠いのだろう、野暮ったい目を半開きにし態々分かり易く嫌そうな態度を取る由利亜先輩の両方のほっぺをムニムニと揉み心を癒やす俺。
「にゃに」
「まだ寝てても良いですよ。帰るときになったら起こしますから」
「……ううん」
「でも眠いでしょう?」
「太一くんは、寝た?」
鋭い。
心の中で「やべっ」と少し焦りながら、素知らぬ顔で答える。
「寝ましたよ? 一、いや、三時間は寝ました」
「うそ。一睡もしてないでしょ」
ああああバレてるううううう
正直、こんなに簡単に嘘を看破されるのは逆に気持ちよかったりする。
「そんなことないですよ? 由利亜先輩の寝顔で癒やされて、今だって寝癖が面白くて癒やされて、累計したら八時間寝るより癒やされてる感じさえしますね」
「勘違いだから。後、寝癖のことは言わないで」
そんなに酷くないでしょとぷりぷり怒りながらソファーへ戻っていくと、鞄から手持ちの鏡を取り出しのぞき込んで、
「何じゃこりゃああ!!!」
初めての酷い寝癖に絶叫していた。
そんな風景も、今の俺には正直癒やしだった。
見ようによってはこれが順当な結果にも見える。そう思い込むことで、現実を受け入れようとし始めている。
科学的には原因が見つからないから、非科学的な理由があるはずだと。その目の逸らしようもない現実を。
手に持った『世界神学体系 第八版』を閉じて目を瞑る。
ソファーの背もたれに体が沈んでいくのを感じながら、体の疲れの具合を推し測る。昨日半日寝ていたとは言え、ある意味三日分くらい時間をまたいだ感じのする体験もしたので差し引きはマイナスだろう。
それを考慮して考えると、今の俺は案外相当疲れているのかもしれない。
目を開け、俺の太ももに頭を乗せてすやすやと眠るチワワ、じゃなくて、由利亜先輩を見下ろす。頭を撫でながら手櫛で髪をすくと、くすぐったそうに身をよじる。
あの時のあれも、多分疲れていたからだろう。
昨日の夜の出来事を思い出しながら、自分の唇に触れてみる。何も変わらない、今まで通りの唇。
あの甘やかな幻は、二度と思い出すことのない記憶達と一緒に消えゆく霧のような物だ。
いつも通りに過ごしていれば、あんな不用意は起こさなかった。絶対に。
「…んん……」
可愛らしい顔がこちらに向いて、重ねた所を再認識させるかのように突き出される。
もう一度してみたら、なんて思って思考を止める。
これはあれだ。睡眠不足だ。少し寝よう。
再び目を閉じて、辞書よりも厚い本を床に放ると肩の力を抜いた。
脳に意識をインストールして、思考を取り戻す。寝起きというのが悪かったことはあまりない。目を瞑ったまま自分が寝て起きたことを確認する。
気付かないうちに体は横にされており、頭のしたには多分由利亜先輩の太ももがある。膝枕、していたはずなのにいつの間にかされていたらしい。
仰向けのまま瞼を開くと、片手で俺の顔にかかりそうになる髪を抑えながら、覗き込むように俺の顔を見つめて来る由利亜先輩と目が合い、
「おはようございます」
その顔の近さに少し驚いて硬さのある挨拶になってしまった。
「よく寝れた?」
そのままの態勢で小首を傾げる由利亜先輩。
何ならキスをしようとでもしていたのではないかと思えるほどの距離なのだが、この落ち着き方はそういう意図ではなかったのだろうと確信できる物た。
「はい、おかげさまで。痺れてませんか?」
「大丈夫。実はそんなに時間経ってないから」
壁掛けの時計には「四時五分」と表示されていた。俺が寝たのは多分、三時を少し過ぎたころだったから一時間弱の睡眠と言うことになりそうだ。
「結構寝た気がしたんですけど」
元々座高が低い所為で低い位置にある顔を、さして変わらないが正しい位置にもどすと、
「あ、わかる。そういうことあるよね」
と応じてくる。
どんな話題でも一から十に広げてくれるので、自分が会話がうまくなったかのように勘違いさせられる時が、この人と話しているとたまにある。
「なんて言うんですかね、こういう感じ」
人差し指を顎に当て、「んー」と考えに耽る由利亜先輩。ハッと俺を見ると、
「時間がね、凝縮してる感じだよね!!」
何気ないその言葉に少し違和感を覚えながらも、その新発見をした子どものようにキラキラした笑顔の女の子に「そうですね」と微笑みながら返しておいた。
体を起こして座り直し、部屋を見渡すとさっきまでいた散らかりっぱなしの資料室であることは確かだった。
何だったんだろう、さっきの感覚は。
クウっと小さな音が鳴り、俺を思考の世界から呼び戻す。
「あ、えと……お腹減っちゃった……」
言いながら、由利亜先輩が顔を赤くしていた。
別に気にするようなことじゃないと思うが、こればっかりは俺には理解できない乙女心と秋の空みたいな物なのだろう。
……秋の空は関係ないか。
「俺もお腹すきました。何か食べに行きましょうか? と言ってもあんまり高いのは無理ですけど」
依然のことを思い出して補足する。
「あの時のことは忘れてってば!!」
顔を更に赤くする由利亜先輩の可愛さで、俺はたまにしなければいけないことの優先順位を間違える。
でも間違えるだけの価値があるよな。
うんうん。
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