第78話 だからといって、何も変わらないのだが。
救急車を呼んでから五分が経過していた。
無言のなか、いつまでも目を覚まさない先輩を震えながら見つめる俺を暖めるように、由利亜先輩は俺の体を放さない。
「ねえ、太一くん?」
ひしと俺の体に腕を巻き付け、胸辺りに顔を埋めたまま由利亜先輩は声をこもらせて問いかけてきた。
胸元に目線を移すと、可愛らしいつむじとふわふわな栗色のボブヘアーが女の子らしい香りを放っている。
「なんですか?」
さっきまでの動揺を隠すように、努めて平静を装って俺は応じる。
あまり意味がないことはわかっているが、それでもそうするのは一応の意地のようなものを示したかったからだ。
出来ることなら、関わらせたくなかった。
この部屋に居る以上、それが無理なことは自分が一番よくわかっていて、本当にそう思っているのならお祖母さんの家に無理にでもいかせるなり、この状況になる前に打てる対処はいくらでもあった。
それをしなかったと言うことは、つまりそういうことなのだろう。
自分のことを、だろうとか、かもしれないとか、そういう風にしか表現できなくなってきているのは、自信と言うものがなくなってきているからで、元々なかったものが、誰かに奪われ、どこへともなく消えていった。
そんな感覚をなにがしかから感じとりながらも、それでもなにか、自分にも何かと、無い物ねだりをしてしまうのは人の業か。
「太一くんは長谷川さんのこと、好き?」
怯えている。
声を聞いて、感じられるのはその感情。
「今日はよく、その質問をされる日ですよ」
気付かぬフリをして、なるべくだけ気丈にそう答えた。
顔を上げ、俺を見据える由利亜先輩。
「誰?」
「兄ですよ。さっき聞かれました」
「どう答えたの?」
俺はそのときの言葉のまま、
「もちろん」
「むー……」
「その後に由利亜先輩のことはどう思ってるのか聞かれましたよ」
はっと俯きかけた顔が戻る。
「答えは?」
「当然好きだ、って」
「むぅ……」
「優しい先輩ですもん。嫌いにはなれませんよ」
「そうやって、逃げ道ばっかり……」
ただぶら下がっているだけだった手で、ふくれる由利亜先輩の頭を撫でる。
そんな風に言われて、空笑いしかでない自分が恥ずかしいと思った。こんな時に、女の子の頭を撫でている自分がどうしようもなく思えた。
こんな状況で、胸のなかに居る女の子のことを愛しいと思える自分が、誇らしく思えた。
でもこれは、恋じゃない。
恋じゃなくて、きっと、もっと違う、今はまだ言葉にできないなにかだ。
「俺らしくて、良い回答でしょ?」
「ふふ、意気地無し」
一緒に笑って、キスをした。
俺と由利亜先輩の関係は、友達以上恋人未満。
この時、最高に甘くて、この先、いつまでも長い。
でも、これ以上は関係ない。
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