第23話 無実の罪。先生の会話。

 俺の人生の中で最も理不尽だと思ったのはもちろん兄との人間的な才能の格差だったが、先輩に出会った今、感じざるを得ないのは容姿の格差だ。


明らかに世界レベル最高峰の美を持つ彼の女子生徒は、しかし自分の容姿について良く思っていないようだ。


 由利亜先輩も、可愛い人ではあるのだが、どうしたってこの先輩と比べると見劣りするのは否めなかった。


 もちろん人間容姿がすべてではないが、人間は容姿が全てでないだけで社会や人の目には、容姿が全てとして映っている。何も考えず、この中から一人選べと言われ、わざわざ好みの容姿でない人間を選ぶ者は決していないだろう。まあその状況で、先輩を選べる人間がいるかどうかはまた別の話ではあるのだが。


 その点由利亜先輩はほぼ確実に選ばれるだろう。児童ポルノとか、そういうのに引っかからなければだが。


 今、俺の周りにいる人間はあまりにも見た目が良すぎるのだ。失礼を承知で言うが、この二人が不細工であったなら、今、俺の周りで流布している噂など流れることはなかっただろう。


そして、俺が何やら悪徳商法に手を染めているなどという明らかに名誉棄損な噂も、流れることはなかったはずだ。





 ていうか、なんで俺がそんなことをしていると思っちゃったの?


 心の中ではもうこの疑問しか浮かばないのだが、そんな中俺はつい先日も連行された例の生徒指導室なる詰問部屋にいた。


 明らかに流言飛語なのだが、あまりにも広まりすぎているため教師陣も動かざるを得なくなったようだった。


 ゴールデンウィークが明け、一週間がたっていた。テストが近づき先生方もこんなことをしている暇はないように見えるのだが、俺の前に座る担任は困ったような、疲れたような顔で机に肘をつき顎に手を当ててうなっていた。


 この人はこの人で本当に困っているのだろう。何せ相手は俺だ、話し相手にもならなければ暇つぶしの相手にもならない。そんなやつとこうして一時間も相対しているのだから疲れるしだるいし面倒くさいことだろう。


 だが、残念なことにその倍以上は俺のほうがそう感じている。謂れのない疑いをかけられてずっとこんなところにいることの何が楽しいのか。


そもそも噂を流し始めた張本人を、俺はすでに教えているのだ、これ以上俺から話せることはないし、これ以上に聞き出せることはない。残念ながらというべきか、いい加減にしろというべきか。


 そも、こんなうわさに迷惑をかけられるとは俺自身思ってもみなかったのだ、軽い気持ちで単なる冗談で言い始めたことだったのだ。





 四日ほど前。


 いつものように部室で、二人の先輩たちとだるーっとしていると、由利亜先輩がこんなことを言い出したのだ。


「なんかね、太一くんが私の彼氏なんておかしいって言われちゃった」


 もちろん俺は、


「そりゃそうですよ、嘘ですし」と、


 当たり前の答えを返した。


「そもそもあんたに彼氏がいることがおかしいんじゃないの?」


 先輩は正直俺にはよくわからないことを言うが、そのあたりの説明もしてくれた。


「去年一年間、告白してくる男子、学年問わず約百人弱をすべて袖にした話は、私ですら知ってるもの」


 まあ内容が派手で反応には困ったが。


「仕方ないじゃん、全員好きじゃないんだもん」


 事実だったのかよ……


 先輩は部室にこもりっきりだから噂には疎い、つまりそんな噂に疎い奴でも知ってるくらいには騒ぎになったということか。


「それが急に彼氏つくったとか言い出せば、そりゃ告白ナンパ除けだと思うに決まってんじゃん」


 ああ、なるほど。それで彼氏なんておかしいなのか。


 てかそれだと、俺の立場すごいかわいそうじゃない?


「で、そういわれてなんて返したんですか?」


「そんなことないちゃんと私の彼氏だよって、腕枕してもらってる写真見せた」


 ほら、とスマホの画面をかざしてこちらに見せてくる。そこには上半身に何も着ず寝ている俺の腕で、同じく上半身に何も着ずピースしている由利亜先輩の姿があった。


「ちょっ!!? なんすかこれ!? いつの間に撮ったんですか!!?」


「朝早い私にはこういうことも可能なのだよ、ワトソン君♪」


 エッヘンと、恐ろしく得意げだった。


 が、横から伸びてきた腕にスマホがさらわれる。


「何てもの撮ってんのよ…うわ…あんたこれ…、よし、削除っと」


「なにして!?」


 言うが早いか先輩は俺と由利亜先輩との写真だけを選択しすべてを抹消してくれた。素晴らしい手際だ。


「ありがとうございます! これでリベンジポルノに合わずに済みます!」


 勢いよく頭を下げ、激しくお礼を言った。


「よいよい、後輩を守るのは先輩の務めなのだよ」


「せ、先輩…」


 膝をつき、先輩を見上げる。


おっけーと先輩からのカットをもらい、小芝居を終える。


「いいじゃん! 写真くらい! もういいよ、太一くんには宗教勧誘であったって言っとくから!」


 その言葉が発せられた時、扉の外でどたどたと音がした。これはもう、そいつらが元凶であると断言できた。が、その元凶の顔はわからない。


その日は、由利亜先輩はおばあちゃん家に行くというので駅までで別れ、先輩も自分のアパートに帰った。





 とまあそんなわけで俺は宗教にはまっている悪徳商法を用いた犯人としてここにいる。


 完全な誤解だと、担任も俺も、わかっているのだが、犯人が捕まらないことには断定もできない。あの場にいた三人が洗脳されているとされているので発言者の言い分も通らない。


 八方手づまりだった。


 バリバリ授業の時間帯。俺は家では、まったく勉強しないので、授業に出ないとまずいのだが、こんな状況なら仕方ないとすでにあきらめていた。


 たぶん先輩あたりに聞けば喜んで教えてくれるだろうという安易な考えもあった。


「なあ山野」


「はあ、なんでしょう」


「正直に答えてくれ」


「俺はいつでも正直者ないい子だと両親からはほめられたことがあります」


 もちろん嘘。


「そうか、そんな正直者にこれだけは聞いておきたいんだが」


 こちらを見ていた目を、横にそらし、


「お前、あの二人のどっちかと付き合ってんのか?」


 この人あんな前ふりしといて普通に雑談に入りやがった。突っ込みたい衝動は抑える。


「まさかでしょう、なんか成行き的に一緒にいるだけです。発掘部に入って先輩に会いましたし、感情に充てられた人助けのつもりでいたら懐かれたのが鷲崎先輩です」


「懐かれた?」


 怪訝な目だ。まあ言い方を選んでいない俺が悪い。


「懐かれたんですよ、俺はあの小動物に。学校にはあの人のお眼鏡にかなう人が去年まではいなかったみたいですけどね」


「じゃあお前からは話しかけていないと?」


「当たり前じゃないですか、教室で俺が人と話しているところ見たことありますか?」


 その質問に担任は、


「今日の朝も三好と話してたぞ?」


「あ、そういえばそうでしたね…」


 すっかり忘れていたクラスメイト。


「あ、あはは…」


 はっきり言って、状況は不利だ……。


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