学校(での)暮らし

第22話 巨乳も貧乳もステータスですよね?


 俺は教室ではいつも、机に突っ伏して寝たふりをしていたり、床を眺めて黄昏たり、本を読んで意識をここではないどこかに飛ばしたり、窓から見える景色に見入ったりしていて教室内のことはさっぱりも見ていない。


 なにせ、どうせかかわりのない人たちとして三年間を終え、卒業後には会わなくなる存在達なのだ、意識に入れても得はない。ずっとそう思って生活していたから。


 中学校時代から始まった俺の学校でのボッチライフは、今に至っても変わらない。教室ではだれにも話しかけられず、家に帰ってもひとりだった、今までは。だからクラスメイトの名前など、座席など覚えようはずがないのだ。今まで俺のことを認識していなかったのは教室内も同じで、俺だけが一方的に意識していなかったわけではない。


 自分の、この前後六列の後ろから二番目、窓際という最奥のスペース。後ろの生徒は入学式以来学校に来ていないらしい。前に担任がそんなことを言っていた気がする。


つまり現行では一番後ろ。窓際最後尾。そう、ボッチには最高の立地。廊下側から名簿で決められていた席をそのまま使っているだけなので、親に感謝だ。


 合計四十四名の一クラス。学年全体で二七〇人近くいるのだ、そんなに人の名前を憶えていたら頭が破裂してしまう。俺の記憶力はそんなによくない。


ボッチをやり始めてからより一層悪くなった気もする。


人の名前が露骨に覚えられないのだ。


 歴史の勉強なんかしてても、年号と出来事は頭に入るのに、人物名だけが抜け落ちる。人の名前、嫌いすぎる。


 四月丸ひと月。


だれからも話しかけられなかった。


これは単衣に俺の努力のたまものと言えよう。


 自己紹介ではだるそうにし、今日まで誰一人としても目を合わせることはなかった。


そう、今日までは。


 ここまで長々と言い訳をしてきたが、とにかく、今の状況を説明しよう。


 喉も乾いていないのに、場の居心地悪さに負けて飲み物を買いに行こうとしていた俺を、廊下で呼び止めた女子生徒がいた。名前は確か三好さん。そんな彼女と少しの会話と重い沈黙を演じたのち、反転し飲み物を買いに行こうとしたとき、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。


 教室に戻る俺たちの足取りは、自然重く、不自然なものになった。


 その後。


 俺にとってはまさかだった。


三好さんはわかっていたらしい。でなければ、そもそも俺にあのタイミングで話しかけることなど不可能なのだ、わかっていたさ。


 三好さんの席は、俺の隣だったのだ。


そのことに一番驚いたのは誰あろう俺自身で、よく見るまでもなく俺の後ろの席はすでに埋まっていた。


 ……俺…周りのこと見てなさすぎじゃね…?


 そんなわけで教室に一人、知り合いができた。








「で、さっきも話しかけられて、ここに来るのが遅れたってわけですよ」


 放課後。パイプ椅子に座り、長机に向かってお茶をすする。


 何やら新設されたロッカーの中には、お茶菓子の袋と複数の茶葉が鎮座していた。先輩マメだなあ、とか思っていたら、室内では部員二人に部外者一人の計三名がくつろいでいた。


「由利亜先輩は部活、いいんですか?」


 俺の隣の椅子二つを利用して寝そべり、俺の太ももに頭をのせてくつろぐ小動物のような先輩に、頭を柔らかく撫でながら声をかける。


「私の所属する部活は私が部長だから、活動日も休みも私が決めていいのだ~」


 撫でられるのを気持ちよさそうに受け入れてくれながら、子供のように言う。


「そんなんで良いんですか…そういえば、何の部活に入ってるんですか?」


 ふと思い至った疑問だった。


「なんていうの、金持ちサークル…的な?」


 答えは正直意味不明だった。


「は?」


 きょとん顔で、出てきた声にはあふれんばかりのアホさが出ていた。


「だからね、親が金持ちな子供は勝手に金持ちの子たちと同じ箱に入れられるんだよ。そういうサークルがこの学校にはあるの」


「いやいや…確かに由利亜先輩のご実家は金持ちですよ、そりゃ世界が保証しますよ。でもそんな金持ちと並べるほどの金持ちは日本には早々いないし、何なら世界にもいないですよ?」


「まあそうなんだよね。でも何かの基準はあるみたいで、結構人はいるんだよ、その中でも私のお父さんに勝てる金持ちはいないみたいで私が部長なわけよ」


 どうよ? 的なドヤ顔を向けてくる。だが残念なことにそれを褒めることが正しいことなのか俺には分からないので、とりあえず真偽のほどを確かめるためもう一人の先輩に目を向ける。と、激しく目を血走らせた美女が、真っ二つになるんじゃないかという力のこもった両手で文庫本を持って読んでいた。顔がおっかないので話しかけるのはやめることにした。


「そんなサークルで、由利亜先輩はどんな活動をしてるんですか?」


「とくには何も。だってみんなやる気ないんだもん。私だけじゃ何もできないし」


 少しむくれた感じをだし、俺を下から見上げてくる。


「太一くんたちはいつもはここで何やってるの?」


 表情をぱっと戻し、質問を返してくる。この人はやっぱりコミュニケーションの取り方がうまい人なのだろう、人気者になるわけだ。今日一日の出来事を思い起こして納得せざるを得ない。


「そうですね…いつもこんな感じですかね」


 いいつつ秘密基地のことは言わないほうがいいのだろうと考えた。秘密というくらいなのだ、しかもあれは先輩が自力で作ったものだ、俺が紹介するのも可笑しな話だ。


「へえ、いつもこんなにまったりしてるの?」


「まあひざまくらはしませんけどね」


 もったいないなあと、つぶやく。


「じゃあ今日は私とイチャイチャする部活だよ!!」


「いや、そういうのはいいんで」


 はしゃぐ由利亜先輩の行動をきっぱりと断りお茶をすする。


「そういえば」


 何かを思い出したように発言したのは先輩。気づけば鬼の形相ではなくなっていた。


「その三好さんとは何の話をしてたの?」


 何のことはない話題転換。この人の由利亜先輩嫌いは治まったわけではなさそうだった。


「何っていうほどのことじゃないですよ。俺が遠いとこの中学から来たのを名簿で見たらしくて、その辺のことをちらほら質問されたんで、適当に答えたりして、で、三好さんに悩みがあるっていうんでそれを聞いたり」


「悩み…?」


 怪訝に繰り返す先輩の眼は、狩りをする猟師さながらだ。


「大したことじゃなかったですよ? 俺が先輩方二人といるのが噂になってるでしょう?」


「なってるの?」


 部室に引きこもりの先輩はきょとん顔だが、由利亜先輩は、


「なってるね~ 私の彼氏ってことにしといたよ!!」


「ちょっ!? なんすかその話!? 俺の知らないところで厄介ごとが激増してる!!?」


 自分が周りにどう影響するかを理解したうえでこの人はこういうことをしてくるから本当に厄介だ。


 ああ…俺の安らかな高校生活が……


「それで、悩みって?」


「あ、そうだった…その噂話から始まって、多少誤解を解いたあと…」


 えーっと、何の相談されたかな、


「うちの学校校則でバイト禁止らしいんですよね、だからそれを言わないでほしいとか」


 あとは…


「自分も友達が少ないから友達になってほしいっていうのと」


 これがラストだっけか、


「胸を大きくするにはどうすればいいのか由利亜先輩に聞いてくれって言われてたんだった」


「胸の話を、男子に、しかもほぼ初対面で……」


「実は太一くんが一番コミュ力高いのでは……」


 なんで相談を受けただけでこんなにも絶望的な顔をされなければならないんだろう。


「で、聞いていいですか?」


「んー、聞かれる分にはいいんだけど、答えられることはないかなあ…早寝早起き朝ごはんって伝えておいて!」


 適当なのに説得力が違うよな、この胸の大きさ。


「了解です」


「ちなみにか今はどのくらいなの?」


「カップはAって言ってましたよ」


「「なんでそんなことまで知ってんだよ!!!」」


 聞かれたことにこたえてるのに、怒られるのは理不尽だと思う。





~後書き~


いっぱい話せた!


面白い人だなぁ


明日はもっと話せるかな…

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