第21話 交友関係の広がりが、彼に運んでくるものは。
結局、由利亜先輩の問題は何の解決も見ないまま、ゴールデンウィークが明けた。
もはや二人とも住み始めた俺の部屋は、つい二週間前とは比べ物にならないほど賑やかになったし、ものが増えたし、健康的な生活が繰り広げられるようになった。
朝、七時に起床し由利亜先輩の作ってくれる朝食を食べ、食後にお茶を飲みながら勉強を開始。十一時になると由利亜先輩は昼食の準備、俺と先輩は少しは体を動かそうとランニングを始めた。十キロほどの距離を一時間はかけずにアパートにたどり着く。そのあと俺はなんとなく買った縄跳びをする。その間に先輩にはシャワーを浴びてもらい先輩の後に俺がシャワーを浴びた。
洗濯機をまわして、昼食をいただく。たぶん俺はもう由利亜先輩なしでは生きていけないだろう。
昼食を食べた後は洗濯物を干し(先輩方のは干してません)、お茶を飲む。皿洗いは基本先輩がやってくれた。
大体が落ち着くとまた勉強をした。
基本的にシャワーで済ませてしまう俺とは違い、女性陣は湯船につかりたいらしいので、風呂を洗うのは俺の役目。
洗ったところで俺は入らないのだが。
夕飯は先輩も作るのを手伝っていた。が、あまり役には立っていなかったようだ。
十時には由利亜先輩は布団に入る。それに合わせて腕枕役の俺も寝る態勢に入る。先輩はあまりいい顔はしないが、事情を知っているからか仕方ないと渋々ながら何も言わないでいてくれた。何も言われないのは俺としてもやりやすかった。やっぱ年頃の男女だしね、由利亜先輩はウェルカムって感じだから腹くくってる感あるけど俺は全然そんなことないから、胸を押し付けられてるときは結構ドキドキしてるから。
まあだからと言ってこの一週間、何かあったわけではないのだが。
そんな、四月頭の俺には予想もできなかった素晴らしくも痛々しい、青春色のゴールデンウィークがあけ、今日から学校が始まった。
俺たちは平然と、アパートから三人で歩いて登校した。
その様子は、目撃したものの口から早急に伝播し、激しい誤解を生みだした。
曰く、
「学校の美女と美少女の組み合わせが、一年に誑かされ、すでに同棲中」
ええ、ええ、あの光景を、あの場だけを目撃したものはそうとるでしょう。当然ですとも。
ですが俺は無実なのです。この人たちが勝手に押しかけて来ただけなのです。
とは大声では言えず、噂話の端々を、机に突っ伏しながら聞き流す。
耳が痛い意見をいう生徒諸氏もいらっしゃるようなのだが、それはもう無視。しかと決め込む。
「その噂の山野ってあいつだろ?」「本人に聞けば?」
「やめときなよ」「でも気になるじゃん」「あんな居乳の先輩と、同棲……」「猪原きもっ…」
教室で繰り広げられるやり取りは、否が応にも耳に届く。地味に精神攻撃になるのだ。
「飲み物買ってこ…」
顔を上げて立ち上がり、教室後方の出入り口の扉を引く。本当に聞かれたりするのは避けたい。
ポケットには財布、腕には時計。
三時間目の授業が終わり、昼休みだった。
「七十五日、かかるのかな…」
一人ことわざの偉大さを噛みしめ、そうなることを祈り、むしろもう少し早まってください。なんて心で思っているとは思いもしないだろう人物から声がかかる。
考えに耽っていた俺は、残念ながらその声に気付かない。
「……くん…?」
教室の居心地悪いよなあ…もう少し気が回ってればこんなことにはならなかったのかなあ…。でもそういえばこの噂が流れるのって由利亜先輩的にはどうなんだ?
教室のアイドルをやる必要はもうなくなった。俺の部屋に住み始めてそんなことを言っていた。加えてナンパが面倒だとも。
つまり、俺はまた、厄介を抱えることになるのか…?
不安な要素が一つ増えた……
「……まの君…?」
先輩に関しては、あまり話題にならないだろう。あの人は二年以上の人には伝説で、一年にとってはお化けみたいなものだ。
あの人が打ち立てた伝説は、もはやえらく昔の人の偉業のように語られている。
あの人にとっては、噂など些末なことかもしれないが。しかし、俺みたいな小心な田舎者であり、人との関係を出来る限り断っている人間にとって、噂というものは強烈だった。
「山野君?」
そこで、肩をたたかれ、ようやく気付く。
後ろで女の子が俺の名前を呼びながら立っていた。
「おぅっ?!」
突然で驚き飛び退く。言葉にならない驚きを、喉の奥にたまった何かを飲み込むことで堪え、足を止めて振りむく。
立っていた少女の首元には俺のと同じ色のリボンが結ばれている。同学年。
同学年に知り合いなど一人としていない。こんな風に話しかけられたのは初めてだった。
だからこそ、こんな風に驚いたわけだが。
ユリア先輩を好きな人からの襲撃は、多少予想していた。人の恋心の恐ろしさは何かにつけて思い知らされてきた。そんなわけで、この少女が何者なのか、さっぱりもわからない。
とにかく、話しかけられたのだから無視することはできない。別にそうする理由もない。
「えっと、どなた?」
顔に見覚えはない。はず。
「あ、私はね、三好里奈。クラスメイト…だ、よ?」
名乗ってくれた三好さんは最後の方、なんでクラスメイトの名前覚えてないんだ?という当然の疑問で声を上ずらせた。
「初めまして三好さん。俺になんか用?」
変なことを言われる前に質問で本題を促す。
「あ、うん…いや、ただちょっと気になって」
「ああ、あの噂?」
「そうそう、ゴールデンウィークの頭に買い物してた先輩たちとのことでしょう?」
「うん、まあいろいろ事情があってね、片方は別に理由があっているわけではないんだけど……ん? なんで買い物してたってこと知って…?」
そう聞くと三好さんは「んー…やっぱりかぁ…」と小声で言う。すげえ聞こえてる。
「え、と、その時ファミレス入ったでしょう?」
「あ、うん」
ひどい態度で接客に対応している先輩二人を思い出し、苦々しく肯定する。
「その時の接客、私…だったんだけど…」
「は…?」
俺はあの時、あんな態度の俺(以外の人)たちにも丁寧に接客してくれた店員のことを思い出す。あの時の女性、女の子、あの時の…
「あ、え、でも、あの時は、メガネかけて、おさげだったような…?」
「なんでそんなことは覚えてるの…」
思い出した容姿を並べたら、責めるような目でドン引かれていた。
「いや、あんな客にもしっかり接客してくれた店員のことを簡単に忘れるのは、ちょっと忍びないかなと思うんだけど」
「し、仕事だから…」
「だよねえ…」
廊下にたたずむ二人。通りすがる生徒は奇妙な目で見ては小走りに去っていく。
「じゃ、じゃあ、俺自販行くから」
「あ、う、うん! 行ってらっしゃい!」
くるっと前を見て、一歩を踏み出すと、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。
「教室、戻ろうか!!」
もう一度振り返って、二人並んで気まずい空気とともに戻った。
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