第24話 器の違い。


 三時間目の授業が終了のチャイムで幕を引く中、俺は相変わらず生徒指導室にいた。


 担任は受け持ちの授業があるといって二時間目の終わりにいなくなり、今目の前にいるのは学年主任とかいう知らないおじさんだった。いや、教師なのは知っている。おじさんではなく先生だ。が、見たこともなければ聞いたこともない名前の教師と一対一でした会話といえば、


「今日の朝は何食べたの?」とか、「実は先生スマホの使い方がよくわからないんだけど、君わかる?」とか、担任の時と同じ雑談ばかり。


 当然だ。俺は洗脳なんてされてないし、残る二人も自分たちの口からそれは否定しているだろう。宗教の洗脳なら、宗祖の名前くらい言えるだろうから、その辺の疑いが晴れるのはそう難しくないはずなのだ。


 問題は、俺があの二人を洗脳しているのかいないのか。


 当然していないので、教師陣ももう俺からの事情聴取は終わったものとしているようなのだが、この噂を聞きつけたPTAの頭文字、ペアレンツが黙っていないのだった。


学校で宗教系の悪徳商法が蔓延しているなどと聞けば危機感を持つのは当然だが、その元凶とされた俺に飛んできたのは隔離という結末だった。一日教師と一緒にいて、何事もなければ解放。さっきこの学年主任から聞いた話によればそれが保護者会のよこした条件だそうだ。


「先生方も大変なんですね…」


「大変すぎて酒に頼る毎日だよ」


「奥さん、大切にしないと痛い目見ますよ」


「痛いとこつくなぁ、でもまあ、今日は早く帰ってやろうかな」


 髭面でにやりと笑う。この人こんな顔してたのか、その時初めてそう思った。


「俺も早く帰りたいです。ていうかお昼買ってきていいですか?」


「おお、行って来い」


 見張りって、そんなんで良いのかよ…。


 この一日、結局俺はいろんな教師と喋り、その教師の相談に乗ったりして何やかんやで終えたのだが、次の日から部室には、俺に助言を求めて迷える教師が幾人ずつかやってくるようになった。


 ある種、宗教勧誘というのも間違っていなかったのかもしれない。





「先輩を見て倒れるのは生徒だけじゃなかったんですね」


「教師もああなるから私に勉強を教えてくれるのは動画授業だけなのだ」


「先輩、スマホ持ってたんですか」


「この間買った」


 えへへと笑う先輩に、


「学校での使用は禁止なんだけどなぁ」


 その場にいた若い女性教師がため息を漏らす。


 現在部室にてお茶を飲みながらの雑談中。時は放課後部室には四人。男一人の俺は少し肩身が狭いが、そんなことより教師がいるのに膝枕をしている由利亜先輩は俺の膝でガッツリ寝ていて普通に恥ずかしい。


第三者の存在でこうまで変わるとは。


「まあ教師が来ないんじゃ仕方ないじゃないですか、勉強のために使ってるんだし大目に見てくださいよ」


「んー…ここでだけよ?」


「了解!」


 先輩は返事と共にびしっと敬礼して見せているが、そのことに関しては心配はないだろう。この人自身、自分の顔を人に見られるのを嫌がっている節があるのだから。


「それにしても、山野君はすごいのね」


「なにがですか?」


 突然の発言にクエスチョンしか返せない。


「長谷川さんは学年でもトップクラスの順位をとる美人さんで、鷲崎さんは誰からも信頼されている上級生。そんな二人の癒しになってるばかりじゃなくて、教師の中でも山野君は的確にアドバイスしてくれるって評判いいのよ? もちろん私もそう思ってるし、だからすごいなって」


「生徒にアドバイスされる教師って、情けなくないですか?」


 この人本当に容赦ないなあという質問は、もちろん先輩の口から発せられた。明らかにいらだちを隠さない風で、早く帰れ二度と来るなと顔で言っているのだが、教師は平然と答える。見かけによらずメンタル強いなぁ…。


「教師だって人間だもん、たまには人の意見を聞いたりしないと崩れちゃうよ、でも、そうね、少し山野君に頼りすぎているかもしれないわね…」


「そんなことないですよ?」


 なんだかよくわからない方向に話が転がっていきそうなのを、俺自身が引っ張って元に戻しにかかる。


「そう、なの?」


「はい。確かに俺に相談にくる先生たちはそれでいいのかと思いますけど、ここにきてくれると先輩の勉強の手助けもしてくれますし、授業の時は怖がってこないでしょう」


「あ…」


 先輩の授業を受け持っていた教師が、ゴールデンウィーク明け、失踪した。


 その失踪が、先輩の美貌にあてられたからなのは明らかで正直否定のしようもなくて、先輩の後任の教師が決まるのには時間がかかるそうだった。


 教師のお悩み相談、面倒事は勘弁だったが部室に出向いてくれるならと請け負った。


 担当教師が逃げるようでは先輩の勉強に支障が出ているのは確実だったし、事実中間テストは学年順位を十五位まで落としていた。


「だからまあ、先輩の面倒を見てくれる先生探しとお悩み相談で一石二鳥というわけです」


「私も膝枕してもらえるし三鳥だね~」


「それはまた別問題です」


 教師は驚きを隠せないといわんばかりの目で俺を見ている。


 正直ちょっと居心地が悪い。


 俺のこういうところを、兄は優しいと評する。俺はその言葉が大概嫌いだった。結局ゴールデンウィーク中は実家に帰らなかったが、由利亜先輩の家で会ったとき、兄は俺にそう言った。変わらずお優しいのだなと。


 俺は兄のようになりたいとは思わなくなっている。もう子供ではない。だがしかし、あの兄のやりようを、怯えた由利亜先輩の背中を思い出すと、やはり許すことはできそうになかった。


 俺は優しい人で良い。俺は兄のようにはなれない。なりたくは、ない。


「先輩思いなのね」


 苦しく絞り出された言葉はなぜか苦々しくて、


「ふがいない教師の尻拭いは大変です」


 自分の口から出たそのセリフに、その場のだれもが息をのみ、俺は多分、誰よりも驚いていた。



~後書き~



最近また山野君の噂がながれ始めた。


中間テストが終わり、テスト結果が公表された。


この学校には、順位を公表するような制度はないが、山野君が全教科満点で、学年一位を取った。


そういう噂が、私の耳にも届いていた。

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