第14話 考えてもやっぱりわからない。


 四月二八日土曜日、午前十時半。


 何がどうしてこうなったのか、ただいま俺は、何故か大型のショッピングモールに学校の先輩二人と買い物に来ている。


 楽観的に見れば両手に花でデートなのだろうが、とてもではないがこの雰囲気を真近で見て、そんな呑気は言っていられないことを悟ったのだった。


 先輩の二人、とはいえその二人は激しく仲が悪い。


 なんで一緒に買い物なんて来たのだろうかと、本気で不思議なほど仲が悪い。


 その間に立たされる俺の心労は、来る前に想像した何百倍のそれだった。右に引っ張られたと思えば左に引かれ、両方向に引かれた時には体が二つに分かれるかと思い、そうなると両端から怒号が飛び出す。そしてそれを謝って回るのは俺の役目なのだった。


 ほかの客にも迷惑だし、俺には荷が重すぎるし、先輩は顔隠してて怪しいし、鷲崎先輩は露出多くて俺が補導されそうだし、何をどうすればいいのか、正直もう俺にはわからない。


 つまり、何が言いたいかというと、まだ到着して三十分も経ってないけれどもう本当に帰りたい。そういうことだ。


「もう少し離れてもらっていいですか、歩き難いんで」


「そうよ、そんな肉の塊を押し付けるのはやめなさい」


「あんただって同じことしてるじゃん」


 空気がおいしくないです…。





 女の子とのショッピングは予想では、もっと華やかで、きゃっきゃうふふなラッキーほにゃららがあると、はい。思ってました。思っていたんですよ。


 それがふたを開ければカオス極まりないんです。


 試着をするというから待っていれば、突然下着で出てきて引っ張り込もうとしてくるし、まだ時期も早いのにやけにギリギリな水着を試着して、ギリギリを強調して、失敗して少し見えるし。


 ……。


 違うんだよ!!!


 俺が求めてたのは、確かに、エロイことも欲してたかもしれない!


 でもさ! 違うじゃん! これじゃないじゃん!


 だって見せてくるんだよ!?


 見せてきちゃダメじゃん!


 見られたら「きゃ…きゃああ!!! 変態!!」くらい言わなきゃじゃん!


 なのに何よあの、


「太一くんは、生えてる方が、いい…?」って。


 はあ!!!? だよ!!!!


 先輩は先輩で何しだすかと思えば、


「ほら見てこの下着! 可愛いねえ~」


 いやいや、男子の後輩に何を聞いてんの? 


馬鹿なの!!? 誘ってんの??!!!!





「ハアアアあぁぁぁぁぁ……………」


 お昼時を過ぎると客足がどっと増え始めた。


 多くの客がすれ違っていくが、二人の女子に腕をとられ、振り回される可哀想な男子高校生のことを、奇異の視線で見るものはいるが、同情してくれているものはいそうにない。


 帰りたくなってから既に二時間以上が経過していた。


 ため息はとどまるところを知らない。


 にもかかわらず、この二人はため息の原因を、


「ほら、太一くんが困ってるじゃんか、もうあなたは帰った方がいいんじゃない?」


「何を言ってるの、あなたのほうが帰った方がいいんじゃない?」


と、お互いに擦り付け合うだけで、解決しようとはしてくれない。というか、解決する方法を「お前がいなくなればいい」と捉えているようなので、もはや諦めているようですらある。


「どうする太一くん。お昼ごはんにする、それともクレープとか食べる?」


 身長的に必ず上目遣いになる鷲崎先輩は、それだけでなく、ワイシャツのボタンを上何個か開け、谷間を強調しながら聞いてくる。


 押し当てられるその双丘を、一瞥してから小さくため息をついて、


「そうですね、混んでますけど座って落ち着きたいんで、お店に入りましょうか」


「は~い」


「先輩もそれでいいですか?」


 鷲崎先輩を睨み過ぎて眉間に皺のよった美人に問いかける。


「うん。私ピザが食べたい」


「じゃあファミレスにしますか」


「さんせ~」


 ということで、サから始まりアで終わるファミレスの店舗に入った。





「ご注文、お決まりでしょう、か?」


 店員さんは非常に困惑し、俺はひたすらに目をそらし続けることしかできなかった。


 心優しい店員さんは、若干に引きつりながらも笑顔を保ち、机の下で蹴り合う二人の注文を忠犬よろしく待っていてくれる。


(ご…ごめんなさい…)


 俺は心の中でしか謝る事が出来ないが、この二人はメニューを取り合い喧嘩を続ける。


「あんたはピザ食べるって言ってたじゃない!」


「ちょっと見るくらいいいでしょ?!」


 なにででも喧嘩できるんだな、この二人。さすがにもう感心するレベルなんだが…。


「あ、取りあえず俺はこのナポリタンとドリンクバーでお願いします」


「はい。承りました。お連れ様は…」


「また呼びますので…」


「わかりました。それではごゆっくり」


 ほんとありがとうございます。


 ぺこりと一つお辞儀をした。


 結局、先輩は普通のピザ、鷲崎先輩は無難なドリアで食事に入った。


 あんなに喧嘩したくせして大して食わないとか、本当に超迷惑だな…。






 薄暗くなった駅前を三人で歩いている。二人はもうけんかしていない。


 昼食を終え、店員さんに小さく「うるさくしてごめんなさい」と「ごちそうさま」を合わせて言い、会計を済ませてから店を出ると、何があったか聞きたくなるほど先輩二人が仲良くなった。


 そんなこんなでショッピングはつつがなく進み(本当に何があったの、お腹が空いてて喧嘩してたの?)、俺の持てる荷物の限界量がはっきりとわかるほど買い込んだ。





~後書き~


((あのウェイトレス、あいつだけは近づけては駄目だ))


 汚い咀嚼音は、店中に聞こえる。


「先輩、もの食べるの下手だったんですね…」


「昨日の時点で分かってはいたけど、より酷い…」


「み…!見るなあ!!!」

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