第4話 変態か、それとも先輩か。

「さて、名のってもらおう」


「鷲崎由利亜、君と同じ学校の二年四組にいる、先輩だよん」


 年下だと思ってた女の子が年上だったときの驚きとはここまでの物なのか、驚きっぱなしの今日でさえ、ここまで驚けるのだから年齢の話題は底が知れない。


「ま、まじ、ですか……?」


「ほれ」


「まじかよ…」


 無造作に見せてきたのは生徒証。写真つきで名前と生年月日、あと住所とか結構色々かいてある。まあそんなに覚えられないから名前と生年月日だけを目に焼き付けて、受け取ったそれを返した。


 どこからどう見ても小中学生にしか見えない先輩が、突然来て、突然キスしてきて、事案過ぎやしないか?


「それで先輩は何しにいらっしゃったんですか?」


「用がなきゃ、来ちゃ、だめ…?」


 か、可愛い!!

 

「だめじゃないけど! 見知らぬ男の家に来るのに理由もなしじゃ、通らないでしょ?!」


 辛うじて理性で耐え、指摘を取り下げずに質問まで持っていった。


 が、肝心なところをつけずにいるのが、もはや魅了されているからだと言うことに、このときの俺は気づいていない。


 危うくころっと落とされるところだったぜ、俺はロリコンじゃない。そう思っている。


「今日は、その、ね…エッチ、しようとおもって……、きみ、エッチなこと、好き……?」


「勿論です!……が! 困ってませんのでお引き取りください!」


 あっぶねーー!!!


 これ以上は落とされる!!


 性犯罪者になりたくない!!!


 すると、のしかかる態勢のまま俺に顔を近づけて来る。


「ほんとにストップ!! 少し落ち着きましょう!?」


 声は裏返り、気は動転し、俺の心はどったんばったん大騒ぎだ。


「?」


「キョトンじゃないよ!?」


「まずは君が落ち着こうよ?」


 クスクスと笑う鷲崎先輩は、どうやら無理矢理襲うのは止めてくれたようだ。


 完璧にからかわれている。

 俺は状況を立て直すため荒くなった息を整え立ち上がると、部屋の奥へ案内する。玄関で座って会話というのは、よく考えても意味がわからない。


「座布団一枚しかないの?」


 部屋の中を眺めて出た一言はそれだった。


「誰かが来ることなんて想定してないもので…」


 二枚以上あるのが当然でしょ?みたいなトーンでそういう質問をされると、さすがに思うところが無いでもないのだが、まあ、気にしてたら敗けだな。


 どうぞ、とその座布団を差し出し、座るように促す。


 ちょこんと座る姿はチワワというかなんというか、小動物的表現に寄与するところがある。


 小柄な体型と、幼い印象の表情が相まって、やはり先輩には見えない。が、一応は年上なので、丁寧なしゃべり方を心がける。


「まさか、この部屋の初来訪者が知らない人とは思いもしなかったんですけどね、何をしに来た変態なのか、わからない人とも思ってなかったですよ」


 早速心がけを破り、言葉遣いも言い分も超絶失礼なものとなる。


「変態とは失礼な!! 変態じゃないよ! 処女だよ!!」


「その顔で経験人数二桁いってたら首吊りますよ俺は」


「でもおもちゃは使う、よ...?」


「黙れ!!」


 ヤバい……この人と喋ってると隣の部屋のひとが警察を呼びかねない……。


「本題に戻りましょう。なにか、用があってきたんですよね?」


「用がなかったらさすがに来ないでしょ?」


「こっちが聞いたことをそのままにして返してくんな。用件を言え。」


「発掘部に入るのをやめなさい」


 ふざけていた会話が、急にトーンを下げ、真剣な会話にかわった。


 この人は面倒くさいタイプの人だ。


 心の中だけにとどめるのが大変なほどに嘆息し、ため息を吐き出す。


「その台詞だけですか? それだけではやめる理由にはなりませんね」


 鷲崎先輩は目線を右下に落とし、一拍考えてからこちらに向きなおり、白状するように言葉を紡ぎだした。


「今日、君のあった女は、危ないのよ」


「危ない?」


「そう。見た目だけで人の心を壊してしまう、そういう女」


「SFの読み過ぎでは?」


「そうだったらいいんだけどね。うちの学校の二年に不登校多いのは知ってる?」


「もちろん」


 俺たちの通う学校は、それなりの進学校だ。だからこそ、不登校が多いことにはあまり疑問はなかった。受験期に、それなりに頑張ってうちの学校に入ると、授業が進むにつれてついていけなくなる生徒が現れる。そういう生徒が段々と登校しなくなり、二年になるとここまで増えるのだろうと、そう思っていた。


「あの不登校の多さの理由、それがあの女」


 何を言っているのかは良く分からなかった。


 不登校の多さが、一人の女子生徒が原因とは、また変なことを言い出すな、と顔にも声にも出さずに思ったが、


「みんなそういう風に思って、私の忠告を聞かずに不登校になっていったんだよ?」


「怖いこと言いますね、予言ですか?」


「このまま君が、あの部に入ればね」


 あの部、発掘部、あのハチャメチャな先輩が部室に秘密基地を作っているだけの、正体不明の部活。


 あの部に入らないことは別に何でもない。ほかにも部活はたくさんあるし、発掘部に入らないことが俺のデメリットになることはないだろう。


 でも、だからといって、やめろと言われてやめるのは、しゃくに触るなと、そんな風に思った。


「分かりました。忠告は聞きましょう。せっかくの先輩からの進言です。見も知らぬ俺に親切にもそんなことを言いにきてくれたんですから聞いてはおきましょう」


「そう。よかった。でも、なんだか含みのある言い方...」


 当然だとも、俺はこの場でやめるとは絶対に決めない。


 あんなに、気さくな人なのだ、言動が異常なだけで、いい人ではあるのだ、きっと。


 だから、自分の目で見て決めようと、そう思った。


「やめてくれたら...いいこと、してあげるよ...?」


 コンマ一秒、自分の理性に勝つのが遅ければ、俺はやめると口にしていたことだろう。


 そう思いながら、自分の全力のパンチで俺は気を失った。

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