1-6:ニナ・ヒールドと空飛ぶ箒 - Nina Heald and the "Flying Bloom"

ニナ・ヒールドと空飛ぶ箒(1)

 ニナ・ヒールド(Nina-Heald)はエルダー・シングス魔術学院の競技滑翔スカイ・クラッド代表箒手です。

 みなさんご存知のことかと思いますが、先日[いつ?]の決闘で暗銀の魔女、《劔》のクリスティナ・ダレットを打ち負かし、見事正式に代表箒手となることを認められました。これは本当にすごいことです[主観的な基準を元にした表現]。

 だって、あの場にいたみなさんは、きっと彼女とダレット先輩の掛け率オッズを見たはずです。

 そんな周りの絶望的な予想[独自研究]を覆して、ニナは大逆転[要出典]を果たしたのです! すごい! 本当にすごい[主観的な基準を元にした表現]!

 ちなみにわたしはニナに賭けました! 大もうけです! エレノーラ・シャーウッド、ざまあみろ!




 親愛なるアリソン・セラエノ・シュリュズベリーへ。

 自由律魔導百科事典の主観的かつ具体性を欠いた編集は校則で禁止されています(ついでに言えば十六歳未満の賭博行為もです。こちらは法律で禁じられています)。すみやかに研究室に出頭のうえ、反省文を提出すること。

薬学部教務主任 フロイド・クラーク・コーシャーソルト



 ――自由律フリー魔術百科事典「Witchpedia」より抜粋







「君は……本当に地面が好きなんだな」と、エルダー・シングス魔術学院養護教諭、ミス・バックランドは呆れた声で言った。


 エルダー・シングスの長い歴史の中でも、わたしほど短期間のうちに二度も墜落して医務室に運び込まれる生徒はたぶん他にいなかっただろうから、彼女が呆れるのも無理のないことだった。

 無口なミス・バックランドがジョーク(のようなもの)を口にするのはそれはそれは珍しいことで、わたしはきっとそこで驚くべきだったのだろうけれど、正直なところそれどころではなかった。


 治療の痛みのせいだ。

 痛いのは生きている証拠で、ある側面では喜ばしいことではあった。

 あのあと、体勢を立て直してセイルを開いた時にはもう地面にぶつかる寸前で、オーゼイユ旧市街のマーケット・パラソルをしこたまなぎ倒してようやく止まれたことを考えると、生きていたことを喜びこそすれ、痛みに文句を言う筋合いはなかった。


 けれど道理は別として、痛いものは痛いのだ。

 全身の至る所に出来た打撲や擦過傷は言わずもがなだったけれど、一番ひどかったのは逆向きに折れ曲がった右脚の骨折だった。

 だって、とんでもないスピードで飛んでくる魔女を横から思いっきり蹴りつけたのだ。普通そんなことをすればそうなることは理解していて当然で、さらに言えば、脚が逆方向に曲がると死ぬほど痛いことはもっと当然にわかっているべきはずのことだ。


 驚くべきというか、呆れるべきというか、十五歳の頃のわたしには、その程度のささやかな想像力すらひとかけらも内包されていなかったのだ。


「ああああーーーーっ! 痛い痛い痛い痛い!!!!」


「すぐ治るから」


 ミス・バックランドはそう言って、ニンジンでも折るみたいにわたしの脚をと折り戻す。


「っぎゃあーーーーーーっ!!!!」


 魔女の治療において、「すぐ治る」ということは、「すぐ治す」ということだ。

 魔女は何かをはぐらかすことはあっても決して偽証はしないし、目的達成のための過程や方法などはあまり気にしない。彼女たちが「すぐ治る」と言った場合、それは本当にすぐ治るということだし、最大限の努力をもってそれを実行する。

 要するに、どんな手段を使ってでも。


「飲みなさい」


 暴れるわたしを三人がかりで抑えつけて、ミス・バックランドはきゅうり瓶いっぱいの生臭く白濁した水薬を無理やりに飲ませる。


 骨肉再生薬スペアリブ・ポーシヨン

 それは肉なめくじフレッシュ・スネイルを各種の薬草と一緒にすりつぶして作った魔法薬で、早い話が無理やりに骨や肉を生やす薬だ。確かに効き目は抜群で、処置さえ早ければ脚がへし折れた程度なら一週間と待たずに完全に治すことができる。

 とはいえ――これはあらゆる物ごとにおいて言えることだけれど――良い側面があれば、そのぶん好ましくない側面も、またある。


「ぎゃああああーーーーっ! びゃああああーーーーっ!」


 要するに、とにかく痛いのだ。

 身体の中で骨が勝手に生える感覚を想像してほしい。折れてささくれ立った骨が、めりめりと肉を押しのけていく感覚を。

 実際はだいたいその想像の五十倍くらいの痛さだと思ってもらって差し支えない。


 ちなみにこれはあとから聞いた話だけれど、わたしと同じくスペアリブ・ポーションを飲まされたダレット先輩は、へし折れた肋骨が再生する痛みにうめき声のひとつも上げなかったらしい。

 強く、気高い《劔》の魔女。懐かしき暗銀の、クリスティナ・ダレット。


 その時のわたしはそんなことはつゆ知らず、恥も外聞も無く、赤子のようにぎゃあぎゃあと泣きわめいていた。

 まるで、ついさっき産まれ変わったみたいに。

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