第5話 旧友
久しぶり、といっても一ヶ月も満たないほどの期間の期間だが、
「悪いな、石岡。遠いところ」
「なんのなんの。言っただろ? 電車の遠出は慣れてるって」
「まあ、そうだけど……でも、あの田舎からよく出てこれたなあと思うとな」
「そうかもな」彼は改札の前から一歩踏み出して、辺りを眺めていた。「しっかし、いい場所じゃないか。田舎と比較することが変かもしれねえけどよ」
「今のところ生活に不自由なものはねえよ」
「当たり前だろ。ここは東京なんだからな」
そうなんだよな。ここ東京なんだよな。日本っていう国の首都なんだよな。つまり、一番発達してる都市であるんだよなあ、と今の現状にありがたみのような感情を抱いた。
「津原、腹へった。なんかいい場所ない?」猫背の姿勢になりながら、空腹の訴えをしてくる。
「お前、残金いくらだよ。どうせ金欠なんだろ」
「そうなんだよ。こないだ、また課金してな。ガチャ四十連したよ。んでもって、大爆死。マジで死にたくなったわ」
「アホだろ」僕は一つ息をはいた。最低でも、彼の帰りの電車賃は残しとかなきゃいけない。
「東京旅行記念でいいよ」
「お、さすがっす、津原さん」
「うっせーよ。これはツケだからな。蓄積だからな。いつかドーンと請求書書くからな」
「もうちょっと待ってくれよ、少なくとも夏以降でも請求でお願いシャス」
ふっ、と僕は笑みをこぼした。「早く行くぞ」
駅前のロータリーにある、全国チェーンのカフェに入店した。昼時からちょっと時間帯がずれているのでそれほど座席は埋まってなかった。
お互いにコーヒーを注文し、石岡は調子こいてミルクレープまで頼みやがった。誰のお金だクソヤロウと蹴飛ばし、半分わけてもらうことで示談が成立した。
「で、今年も行くのかよ」
「言うまでもないことだな」
毎年夏に開催される、例の日本中のオタクたちが東京に集結する祭りのことだ。石岡は例年足を運んでいる。また年に数回、アキバやらの聖地にも乏しい金を
僕も何度かついていったことがあるが、まず往復の電車賃がバカにならないほど高い。それと、人混みが苦手な性分もあって、例の祭りの参加したときはあまりのむさ苦しさに吐きかけた経験もある。
僕はコーヒーを一口啜って、話を落ち着かせる。ここのコーヒーは中々舌触りがいい。
「東京に出てきたからって、行くとは一言も言ってねえぞ」
「え? 嘘だろ」
意外と真面目なトーンで返してきた。
「ふざけんな! 俺は祭りの前日に東京inしてお前のアパートで泊めてもらって出掛けるという構想が完璧に頭に仕上がってたんだぞ!」
「知らねえ。マジ知らねえ」相変わらずの妄想力だ。どこかの計画が破綻する可能性を考慮せず、都合のいいところだけを取り出して突っ込む想像。それが妄想力だ。
「ま、家に泊めるぐらいならいいけどよ」
「それじゃ意味ねえんだよ。お前と一緒に行かんと」
「残念。キツいっすね」
ちぇっ、なんだよ、と石岡は結構悔しがっていた。ありがたい。僕は心のな中で礼を言う。
「ま、それはいいんだけどよ」石岡はブラックのコーヒーに顔を歪めながら、口を開く。
「お前はもう大学アンパイっしょ」
「だね」
「俺の学校も、うぜえほど気合いが入っててさ。の、割りには進学実績がそれほどない」彼は受験期になっても一切勉強せず、当たり前のように第一希望の公立を落ちて、地元の私立に通っている。その言い訳は、「好きなアニメの限定フィギアが当選してるかで頭が一杯になったから」だそうだ。そのくせして、やけに受験情報には詳しい。
地頭が良いからそこそこの学校に行けたけど、大学は、たぶんこのままじゃ上位の国公立は落ちる。
だけど、僕は石岡の人生を羨ましく思う。そういう、自分が好きなものにしか目がなく、それと一緒に心中するような。僕にはない才能だ。正反対だから、楽しい。
友達なんて、互いに尊敬しあってはじめて形成されるものだから。
「自己の流儀に則って、勉強すりゃあいいんじゃねえの」僕は答える。
「おいおい、それじゃあ俺の流儀は『サボること』になるんだけど」
「いいんじゃねえの。サボりのプロフェッショナルだ」
「なにそれ、すげえカッコいい」
「いや、普通にダサいから」
僕はミルクレープに手を伸ばす。フォークで角っちょを削り、口に運ぶ。甘ったるい砂糖の味。そこにブラックコーヒーを流し込み、素晴らしいコンビネーションの完成。
「お前の夢は相変わらずコーヒーか」
「ま、他に特技という特技もないしね」
「よし、俺が飲みにいってやる」唐突に、石岡が言った。「お前のそのアパートの閲覧会だ」
なるほど。こちらとしてもコーヒーを試飲してくれる客がいることに損はない。もっとも、石岡の感想といえば「にげえ」と「砂糖混ぜていい?」ぐらいだが。
「ああはいはい、いい――」
――よと言いかけて、咄嗟に飲み込んだ。
これは、脳みその端っこに掛かっていた糸を瞬時に引き出したようなものだ。
そう、部屋にはおそらく、あいつがいる。
「どした?」石岡が顔を覗き込んでくる。
「いや、無理だ」
「え?」
「悪い、無理だ」
石岡は一旦目を伏せたあと、いきなり不適な笑みを浮かべた。
「あ、お前もしかして……?」
くそ、こいつおかしな勘違いをしてやがる。しかし、弁明しようにもしようがない。「家に幽霊がいるから」なんてキチガイの発言だ。
まあ、石岡にあいつは見えないとしても、必ずあの女はちょっかいを出してくる。それが嫌なのだ。
「あらー、入学早々もうリア充ですかー。いいっすねー先輩。友人代表の僕に紹介してくださいよ」
「うっせ。そんなんじゃねえよ」
「じゃあ、なんなんだよ」
「それは」僕は考える。彼女のことを、どういうべきか。どう表現すれば怪しまれないか。
「いずれ、説明する」
僕の頭脳では、これが限界だった。
× × ×
帰り際、石岡が心配をしてくれた。
「高校で変な奴に捕まるなよ」
「大丈夫だよ」僕は笑ってみせた。
「ま、どうせお前は友達をつくる気ないだろうから余計な心配だったか?」
「んなこというな」彼の見解は、正解である。
「いや、まあな」石岡はこちらに試すような目を送ってくる。「昔からさ、珍しいものに引っ付きたがるからな」
「僕のこと?」
「そうだよ。前さ、ゲームには興味ないとか抜かしておきながら一人でメチャクチャやってたよな。口ではカッコつけんるだよなあ」
ああ、そうなのか――ここはありがたいというべきなのが一般的、というか冷静な発言であるのだろう。しかし、それを否定したい自分が影を出しているのだ。それは、あいつの、僕から見たあいつの存在を認めてしまうことになるからだ。
「忘れた」
石岡のほうを見ると、ニッと唇を伸ばしていた。
夕日が西に落ち、辺りが薄く黒くなってきた。木々に囲まれたこのアパートは、いつ何時でも暗さを醸し出している。
誰かさんの人生みたいだな。
ふっ、と笑みがこぼれ、『102』号室の部屋に鍵を差す。ガチャリと金属音がして、扉が開いた。
暗がりの中、彼女がいつものように寝そべっていた。手には、僕の所持品ではない漫画を持っている。
「あ、おかえりー」
どうして、幽霊として僕の目の前に現れたのかはしらない。そして、なぜ僕だけ目視できるのかもわからない。
ならば。ならばせめて、また消えてしまう前に、彼女の存在を示してあげようかと思った。
「アキ」
「え?」予想外な返しだったのか、上げられた顔はかなり驚きに満ちている。
「君の、名前だろ? 前世かどうとか、僕には知らない。だから、今の名前」
落ち着きがない僕とは対称的に、彼女は満足げであった。
「ありがと」
「ん」
僕は台所の横のスイッチで電灯を入れ、途端に部屋が明るみで一杯になった。それと同時に、彼女の姿もしっかりと目に焼き付けることができた。
そのとき、僕は違和感を覚えた。
「身体――」
「ああ、気づいちゃった? 目がいいね」
彼女はいたずらがバレた子供のように変わらない笑顔をしていた。
「まあ、まだこれくらいしか薄くなってないから。第一、君にしか姿を見られてないしね」
いつもの服装。赤と白のボーダーシャツ。どこか、透明さが入っていた。
「たぶんね」彼女は笑顔はそのままに、だが下を向いて、呟くように絞り出した。
「あたしが消えちゃうの、君と会って一ヶ月後の日、だと思う」
今日は、四月の中旬。だから、もう時間もそれほどない。
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