エピローグ

 時空の狭間に吸い込まれた俺は黒いトンネルのような場所を上へ上へと進んでいた。


 意識が朦朧もうろうとする。今までのタイムスリップでは味わった事のない経験だった。


 やがて意識が戻ると、自分の存在は感じる。しかし現世から見れば俺は死んだことになってしまったんだなという事が理解できた。


 どこだ……ここは……


 何やら七色の花が咲き乱れた花畑に寝ころがっていた。あたりは花のいい香りが立ち込めていた。


 ――これが…死後の世界……


 ゆっくりと立ち上がり丘の方へと進んでいく。何かにいざなわれるように前へ、前へと。


 どれだけ歩いたんだろう。同じような風景がずっと続いている。時折人影のようなものがみえるが幻のように見えなくもない、不思議な空間。


 そして……やがてはっきりと見えて来た一人の女性。


 ――うそだろ……


 紛れもない桃恵の姿だった。しかも一人の赤ちゃんを抱いて。


 俺はゆっくりと駆け寄る。消えるなよと念じながら。


 二人は抱きしめあった。桃恵の香りだ。そしてキスをする。


 長い長い旅路の末、ようやく訪れた安息の地。


「遅かったわよー」

「悪い悪い、いろいろ立て込んでてな」

おれはまるでデートに遅れたようにあたふたする。

「ここ、きれいなところでしょう」

「ああ、素晴らしい場所だ。七色の花が咲き乱れ、嫌なものがひとつもない」

「人間はね、死んだらみんなここへ来るみたいなの。天国もなければ地獄もない。あるのはこの安息の地だけ」

桃恵はいつものようにくねっと振り返って笑みを見せる。


「赤ちゃん抱く?」

「ああ、抱かせてくれ」

毛糸のベビー服にくるまれてすやすやと眠っている。

「男の子よ」

「顔は君ににてかわいいね」

俺の手の中でまだまどろんでいる様子。俺はいつか見た赤ちゃんを抱いているビジョンを思い出していた。


「飛ぶことだって出来るのよ」

桃恵が地面をポーンと蹴る。俺も真似をすると空中に浮かび上がる。


目の前にはこの世界を隅々まで照らす巨大な光の玉があり、まばゆいばかりに光っていた。


「いずれ三人の魂は混ざりあい、あの光の玉に吸収されてしまうのよ」

「魂が……」


そして俺達はもう話すこともなくなった。


 なぜなら全ての安堵と充足がそこにはあったからだ。




 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クリスタルな殺意 村岡真介 @gacelous

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ