消滅

 俺は車を警察署の駐車場へ停め、警察署の門をくぐる。受け付けに行くと、開口一番こう言った。


「自首をしたいのですが」


 係りの婦警はただならぬものを俺に感じたのか、俺を椅子に座らせると、どこかへ連絡を取っている。やがて警官二人が出てくると、事情を聞き始める。


「自首か。何の罪でか?」

「殺人です。殺された男は駐車場の私の車の中にいます」


 警官の一人が玄関から出ていった。少しして、深刻そうな顔をして戻ってきて首を横に振った。


「午前十一時四十三分。お前を逮捕する。奥でゆっくり話を聞かせて貰おうか」


 取り調べは六時間にも及んだ。俺は菜々子の失踪から松城殺害までを洗いざらい話した。


「んー」

 刑事がうめいている。そして相棒にこう言った。

「これはUTPの管轄じゃあないのか」

「そうですね、私もそう思います」


 夜七時、俺は警察車輌に乗せられて、その時代の時空警察に連れていかれた。さらに時代が異なるとされ現代にタイムスリップさせられた。現代から過去を眺めた方が時間の整理がつくからという理由らしかった。


 留置場に入って十日ほどした時の事、俺に面会がやって来たという。面会場に通された俺は驚いた。菜々子だったのだ。


「久しぶりね」

「どうしてここに居ることが分かったんだ」

「テレビで連日報道されているわ、あなた。もう有名人よ。タイムマシンの発明者の狂気としてね」


 俺は菜々子の心配をした。

「もう、過去へ帰ってたんじゃないのか」

「帰ると…いろいろ思い出しちゃうから。踏ん切りがつかなかったの。もうピアノの事も諦めたわ。サバサバした感じよ。それよりあなたの顔が見たくなって」


「どういう風の吹き回しだい。まさか復縁したいとか言い出すんじゃないだろうな」

俺は目一杯の皮肉をこめて言った。


「まさか。ただ懐かしくなってね」

「今、暮らしはどうしているんだ。億万長者になった感想はどうだ?」


「あの人の遺産でジャズバーを開きたいの。儲けなんかそっちのけでも構わないし。私ね、クラッシックよりも本当はジャズピアノの方が好きなの、それで練習の合間合間にジャズを弾いていたわ。少人数でもいいから、ファンがついてくれないかなーって思っているところよ。」

「へえ、君がジャズピアノを、予想外だね」


菜々子は言いたい事を言ったのか、しばし二人の間に沈黙が流れる。


「桃恵さんの仇討ちをしたの、後悔はしてないの?」

「ああ、これっぽっちもね。こっちもせいせいしてるよ。それより覚えてる? 君にプレゼントした、あのクリスタルガラスの立体パズル。俺がどうしても組み立てられなかったのに、君はいとも容易く組み上げてみせるんだから。あの時は本当に脱帽した。参ったよ」

「あんな簡単なパズルを組み立てられないのに、タイムマシンは組み立てちゃうんだから。そっちのほうが不思議だったわよ」

二人は声を出して笑いあった。


「すべてが懐かしいなー」

「ほんとに。まだ数年前の出来事なのに……それより、出所したらどうするの、また研究漬けの毎日なの?」

「ああ、まずは、タイムマシンを開発した当時に戻ろうと思う。そこから未来の俺がたどった通りの足跡を歩きたいんだ、未来の俺は最後にこう言った。『楽しい人生だった』ってね。その醍醐味を俺も歩んでみたいんだ」


「それよりあなた、ちょっと……身体中から銀色の光が……」


当然、タイムマシンは装着していない。俺はいつもよりゆっくりと、発光しながら消えてゆく。未来を弄くりまわし過ぎた俺は、時代にその存在自体を拒否されたのだった。

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