堕ちていく

 二人は松城の出現時刻朝十時の五時間前の朝五時に、駐車場に到着した。十月の始めの夜中とあって少し肌寒い。タクシーを呼びつけると近くの二十四時間営業のファミレスに入り、食事を注文し朝を待った。


 幸田は体がでかいのでまた定食を注文した。俺は量も少ないチキンドリアだ。


「奥さんはどういう人だったんですか」

 幸田は定食をわしわしとかき込みながら聞いてくる。

 俺は返答に詰まった。


「……可愛い子だったよ。見た目も心も」

「へーうらやましいですね。私も結婚したいんですが、出会いがないというか。でも今回の仕事で経済的な余裕が出来ましたんで婚活でもやってみますよ」

「ロンリーウルフも大変だな」

「まあ、色々ありましてね。一人で生きていくことを余儀なくされてしまいました」


 俺はジュースを取ってくる。

「妻とはまだ一年経ってなかったんだ俺達。妊娠して幸せの絶頂にいる時に地獄へ叩きおとされたんだ。泣いて泣いて泣きわめいたよ。もう涙も枯れ果てた。そこから気力が戻っていったんだ。復讐に向かってね」

 まだ完全にキャッシュレス時代に突入してない時代だ。俺は自宅に置いていた五十万円ほどを持って来ていた。勘定は現金で支払った。


 それから二人は無言で時を待った。七時半、タクシーを拾うと中古車屋に向かう。出入口のチェーンは外されていて、もう営業は始めている様子だった。


 事務所へ入る。ワゴン車を探していると言うと、五十万円の車を勧めてくる。

「じゃあそれを貰おう」

「マイナンバー証をご提示お願いいたします」

「マイナンバーはない。何も聞かずにこれで売ってはくれないか」

 俺はスポーツバッグから金塊を取り出すとカウンターに置いた。

「金塊だ。売れば五百万円にはなるだろう」

 店主は怪訝そうな顔をしていたが、その重みを確かめると途端ににこやかになった。

「何か事情があるご様子。分かりました。何も聞かずにお売りしましょう」

 俺は軽いデジャブを覚える。


 車を手に入れ一息つく。俺は事務所の喫煙コーナーで煙草を吸った。


 車を出し、コンビニへ寄りトイレを済ませた。車の中で時間を潰す事一時間。図書館へ向かって走り出す。


「今度こそ上手くやって見せますよ」

「そう願ってるよ」


 市立図書館に着いた。三十分前まで駐車場で待つ。松城が飛び出して来るであろう場所のすぐ横に車を移動させると、二人は車を降り、十時を待った。緊張が走る。五分前、いたたまれないような感覚にとらわれる。俺はいざというときに備えて拳銃に手をかける。


 銀色の光が発し、ついに松城が現れた!

 松城は、目の前の俺の姿を見て絶望的な表情を見せる。


 そこへ後ろから幸田が、首筋にスタンガンを当てる。松城は力なく倒れる。幸田が松城を後部座席に押し込むと後ろ手に手錠をかけ、用意していた大きめの結束バンドで足を縛る。俺は車を発進させる。その間も、幸田は強力なガムテープで、松城をぐるぐる巻きにしている。最後に口を塞ぐと、こう言った。

「これで成功報酬分の仕事も終えましたね」

「ああ、完璧だ」

「また何かあったらいつでも言ってきてください」

「ふふ、そうならない事を祈るよ」


 幸田の事務所まで送ってやった。タイムマシンを現代時刻へセットしてやり、こう告げる。

「そのタイムマシンはプレゼントしてやるよ。もう俺は現代には戻らない。事が終えたらこの時代の警察に自首をするつもりだ」

「そうなんですか……いろいろお世話になりました」

「こちらこそ、復讐の原動力になってくれたよ。世話になった」


 幸田と別れ川に向かう。勝手知ったる街だ。人が来ない場所も心得ている。


 土手の斜め道を上がりしばらく土手の上を走る。そこから河川敷へおり、主要国道橋の下に車をつける。


 松城が目を覚ましたようで「んー!んー!」とジタバタし始める。


 俺は後部座席を開け中に入りまたドアを閉めると、口のガムテープをはがす。


「貴様!こんな事をしていいと思っているのか!警官殺しは重罪だ。死刑だ、死刑ー!」


 俺はその憎々しげな顔を思い切り殴りつける。それだけでは飽きたらず、五発、六発……十発過ぎた頃ようやく一息つく。


「なぜ撃った」

「ああ?」

「俺の妻をだ。なぜ撃ったんだ!」

「知るかそんなこと!勝手に割って入ったんじゃないか!」

 俺はまた思い切り殴る。松城の前歯が折れた。


「なぜ撃った」

「さっかから言ってるだろう!勝手に…」

 俺はまた殴る。今度は鼻血が出てくる。


 俺は拳銃を取り出した。それを松城の顔の前に持ってきた。


 松城が明らかに震え始める。


「なぜ撃ったんだ!」


 パンッ!


 銃弾が松城の顔の横をかすめる。「ひ!」松城が恐怖の声を出す。


「もう一度聞く。何故撃ったんだ。この俺を!」


 松城はようやく質問の主旨を理解したみたいで反論する。

「お前が先に撃って俺の大事な右手を不具にしたんじゃないか!俺にはお前を撃つ権利があった」

「じゃあ同じように俺の右手を撃てば良かったじゃあないか。なぜ命まで取ろうとしたんだ!」


 パンッ!


 俺は激情にまかせて松城の腹を撃った。

「まず一発……」


「あー、あー!!!」

 松城は体をくねらせながら、悶え苦しむ。


 しばらく苦しんだ後、落ち着きを取り戻した。

「なぁ、こんな事は止めにしないか……今やめれば傷害ですむ。上手くいけば、初犯で、執行猶予がつくかも知れない。俺もお前の殺意を否認してやる。お願いだから考え直さないか…」


 あえぎ、あえぎ、松城が俺をなだめにかかる。


 手のひら返しをした松城がこしゃくに思えて俺はまた顔面をぶん殴る。


「何故撃ったんだ」

「謝る。謝るから……悪かった。このとおりだ」


「俺はあれから十日間も泣いて泣いて泣きわめいたよ。その苦しみはお前には分かるまい」


 銃身をまた腹に向ける。


「はぁはぁ、止めろ。はぁはぁ。撃つなよ。撃つんじゃないぞ……」


 パンッ!


「ぐおぅ!」


「二発目……」


 足をバタバタさせる松城。


「俺の妻は三発食らってた。腹に二発と、心臓に一発だ。正確に復讐させてもらう」


「はぁはぁ、よせ……はぁはぁ、止めろ……はぁはぁ、命だけは助けてくれ……たのむ、はぁはぁ、謝るから……傷害で手打ちにしよう……」


 極限状態の中でもまだご託を並べる松城に言い様のない怒りを覚え、もう一度顔をぶん殴る。


「命を奪った重みをこれから一分間味わうがいい」


 俺は銃身を心臓の位置へ滑らせる。


「止めろー!」


 パンッ!


 弾丸は正確に心臓を貫いた。

「ぐう!」

 くぐもった叫びを上げ、松城は痙攣をし始める。


 長い一分間だった。松城の動きが次第に弱々しくなっていくのを、俺は涙して見送った。


 松城は事切れた。


「桃恵……桃恵ー!」

 俺はやっと肩の力が抜け号泣した。

 長い間泣いていた気がする。俺はやっと涙も枯れ、後部座席から出た。ドアを閉め、運転席に乗り込み煙草を一本吸った。


 そして警察署へ向かった。これから受けるであろう長い懲役刑を思いながら。


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