最期の一手

 ジェイコブの顔から笑顔が消えた。俺はここまでの顛末を説明していった。


「松城という刑事がいてな。未来で犯してはならない唯一の禁止事項、未来の自分と違えた人生を選んだ時っていうのがあるだろう」

「あー、それは知っています」

「その罪で逮捕状をとり、俺は思わず逃げ出したんだ。その間に取っ組み合いになり、俺は拳銃でその松城の肩を撃ってしまった。どうもそれがもとで右手が駄目になってしまったようなんだ。それを恨みに思い狂気に落ち、俺を殺しにきたんだ」

「警官が…ですか?」

「ああ、クレイジーな話さ」

「そして奴は本当に撃ちやがった。そこへ桃恵が割って入ったんだ。弾丸は腹に二発、心臓に一発。これが致命傷でほぼ即死だったよ」

「オウ、それは悲しいですね」

「それで……頼みがある」


 俺は一縷の望みを賭けてジェイコブの顔を見た。


「お願いだ。時空警察の新しいレーダーは、ここドモン&ヘッパーズが納入したものだろう。製品化する前のプロトタイプが存在するはずだ。それを使わせて欲しい」


 ジェイコブは腕組みをして考えている。やがて重い口を開く。


「それを使って……お父さんは松城…でしたっけ、そいつをこの世から葬るつもりですか?」

「そうだ、ジェイ。君こそが最期の希望なんだ」

「クレイジーですよ、お父さん。時空警察に訴えて任せておけばいいじゃないですか」

「正論だ。だが必ずこの手で殺ると決意したんだ。男はどうしても譲れない事がある。頼む!今生のお願いだ」


 俺の真剣な訴えにジェイコブもしぶしぶ、半ば諦めたように言う。

「分かりました。お父さん。復讐したい気持ち、痛いほどよく分かります。しかし、仇を打った後は、必ず自首をしてください。情状酌量の余地が大きい気がします。必ずですよ。それが条件です」

「ありがとう、ジェイ。必ず自首する。約束するよ」


 俺は秘書に連れられ、商品開発部に通される。新しいレーダーのプロトタイプを置いてある一角に行き、俺がコーチングをしていた社員をつかまえ操作方法を手解きしてもらう。




 新たな闘いが始まった。レーダーは世界中を網羅し、どこで、いつタイムマシンが起動したかが一目瞭然になっていた。俺は検索文字を入力していった。


「松城 型番」、「○○市 図書館」、「一人 起動」、等々などなど……


 俺は思い付く単語を全て入力していった。が、一日目は、目ぼしい成果はなかった。


 ホテルへ泊まり、二日目。


「○○市 図書館前 型番」


 何気なく打った検索ワードにコンピューターが反応した。


「MP4325」


「型番だ!」

 これが松城が持っているタイムマシンの型番らしい。俺はさらに追尾する。


「MP4325 移動時間」

「MP4325 消滅 移動先」

「MP4325 到着時間」……


 なかなか筋のいい情報が出てこない。しかし何時間か格闘したのち


「MP4325 十二月二日 図書館前 移動時刻」

 この検索ワードにレーダーが引っ掛かった。

 コンピューターが答えを出力する。

「20XX年 十月一日 午前十時 ジャスト 場所 図書館前」


 ……捕まえた!


 それは現在から三十九年前の過去の一点だった。俺はメモを取り、ジェイコブに連絡をする。

「見つかった。礼を言うよジェイ。奴は三十九年前の過去に逃げてたよ」

「そうですか。ここまで来ると応援しますよお父さん。あまり無理をしないでくださいね」

 そういうやり取りの後、ジェイコブと別れ、ドモン&ヘッパーズ本社を後にした。


 日本に帰ってきた。俺はタクシーから幸田事務所へアポを取る。

「……というわけで、奴の到着した時空の一点を捕まえた。20XX年、十月一日、朝十時ジャスト、場所は消えた図書館前だ。今から三十九年前に逃げやがったらしい。もう夕方だが、今からそちらに行ってもいいか」

「いつでも構いません。今日は事務所で寝てますよ」


 幸田の事務所には七時過ぎに着いた。幸田はどこにも出ずに待っていたようで、

「ピザでも取りますか」

 開口一番食事の話だ。

「頼むよ。夕食を食ってない」

 俺もそれに応じた。


「やることは同じだ。君がスタンガンを当て車に奴を積み込むだけだ。問題は車の調達方法だが、このゴールドカードは最近作ったもので、四十年も前では使えない。キャッシュレス社会になっているので紙幣を手に入れる事ができない。何かいい方法はないかな」


 俺はピザを頬張りながら幸田に尋ねる。

「金をこちらで買い、例の中古車屋で払うというのはどうでしょう」

「いいアイデアじゃないか。早速明日にでも取引所にいってみよう」

「今取引価格を調べてみますね」

 幸田はスマホを扱い始める。しばらくして取引価格が分かったようだ。

「インゴット1Kgでおよそ五百万円です。これなら例の店でマイナンバー提示を拒否出来ますよ」

「よし、その線で行こう。今日は遅くなった。明日また来る。それと……」

「それと?」

「成功報酬の方ももう払っておこう。過去の現場でおさらばだからな」

「ほ、本当ですか。ありがとうございます!」


 俺は五千万円の金額を確認し、カードを切った。


 翌朝十時、俺は少しだけの時差ボケを感じながら起きあがった。


 タクシーを呼び幸田の事務所をめざす。ノックをすると、「はーい!」という返事と共に幸田がニコニコしながら現れた。億万長者になったんだ。嬉しいに違いない。


「早速金の販売店へ行こう」

「分かりました。私の車で行きましょう」

 幸田が車を出してくれた。4WDのいかついやつだ。市内の繁華街に取り扱い店があった。


 想像よりも小さな店だった。中に入ると、防弾ガラス越しに取引が出来るようになっている。

「金を買いたいんだが」

「いくらの品物でしょう」

「金塊…インゴットっていうんだっけ。それを一キロだ」

 何やらモバイルをあたっている。

「今の取引金額は、一キロ五百八十万円ですが……」

 何やら人を値踏みしてそうな視線を感じる。

「そうそう、それでいい」


 俺はカードを小さな穴から渡す。しばらくすると、金塊が二つ出てきた。カードと一緒に。


 思ったよりも小さい。しかし持ってみるとやはりズシリとくる。

「売却価格はいくらくらいになるんだい?」

「そうですね五百万円ちょうどというところでしょうか、まあ取り扱い店によってまちまちですけどね」

「それじゃあ世話になった」


 俺は金塊をスポーツバッグに詰めこむ。


 昼食を取りに近くのレストランに寄る。俺は適当に豚カツ定食を頼む。


 待っている間、幸田が確認をしてくる。

「今回はこの前のような逃げかたをされる心配はないんですね」

「ああ、リューズを押し込んだまま出現するだろうからな。それにタイムマシンの再設定をしなくちゃならない。そんな隙はないだろうよ」


 定食を腹におさめ、再度幸田の事務所へ向かう。俺達は駐車場で松城の出現時間の五時間前にタイムマシンを設定し、せーのでリューズを押し込んだ。


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