第2話 氷漬けの心
暗い夜道をひたすら走った。頬を伝って落ちた涙が道路に小さな染みを作っていた。
「もうお母さんなんか嫌い!私のこと何もわかってない!」
そう言ってサンダルを足に引っ掛け、家を飛び出してきたのはほんの数分前だ。吹き付けてくる冷たい風が心まで冷やしていくような気がした。お母さんとの喧嘩の原因は私の進路のことだった。次の三者面談で志望校を確定しなければならない。私は朝早く起きることができないから夜間に通える高校に行きたいと言ったのだがお母さんは「それは
店内を覗いてみると可愛らしい小物がきれいに並べられていた。「こんなところに雑貨屋さんなんてあったっけ?」と思ったが最近は勉強ばかりであまり家から出ていないので自分の家の周りに新しいお店ができたかどうかなんて気にしていなかったことに気づいた。中へ入ってみたかったが何も持たずに飛び出してきてしまったので気に入った物があっても買うお金がない。そう思い諦めて通り過ぎようとしたその時、
カランカラン
ドアに付いたベルを鳴らし長身の若い男の人が出てきた。男の人は出てくると微笑み
「ようこそワンダーランドへ。私は店長の
そう言ってドアの前で突っ立っていた私を店内へと促してくれた。確かに外はまだ10月だというのに真冬並に寒かったし何より店内が気になったので促されるまま中へ入ってみた。店内はとても暖かく、小さな振り子時計や色とりどりのガラスペンなど可愛らしい雑貨が陳列していた。神梛さんが入っていったレジの奥からは嗅いだことのないほのかな甘い香りが広がっている。陳列されている商品を手にとって見ていたとき神梛さんがレジの奥から出てきた。
「この奥の温室にラベンダーティーを用意させていただきましたのでどうぞこちらへ」
「えっ、そんな。暖まらせていただいた上にお茶だなんて」
私が驚いてそう言うと神梛さんは
「ちょうど暖かい飲み物が飲みたいと思っておりましたので。一人で飲むより2人で飲んだほうがいいですし」
と言って微笑んで木製の扉を開けた。
そこは温室になっており、沢山の花々が咲き乱れ、レジの奥から香ってきたのと同じ香りが満ちていた。入ってすぐ左手にはおしゃれな白いテーブルと2つのイスが置かれていてそのテーブルの上には鮮やかな紫色のラベンダーティーが入った透明なティーポットとティーカップが置かれていた。神梛さんはイスを引くと
「どうぞこちらへお掛けください。」
といって私が座ると引いたイスと、向かい側のイスに座って私のカップにラベンダーティーを注いでくれた。神梛さんが注いでくれたラベンダーティーには頬に涙の後が付いたままの私の顔が写っていた。一口飲むと心にじんわりと染みてぽかぽかしてきた。
「結莉花さん、何か辛いことや悲しいことでもありましたか。きれいなお顔が涙で濡れていますよ。よかったら私に相談してくれませんか」
神梛さんがそう私に尋ねた。普段は初対面の人の前で涙なんか見せないのだがほっとして涙が出てきてしまったらしい。
「実は、母と進路のことでもめていて。私は朝早くに起きることができなくて夜間に通える高校に進学したいのですが母は私の成績がいいので偏差値の低い夜間に通える高校はだめだと言うんです。私も……努力してるんです。だけど……だけど……」
最後の方は涙と鼻水で言葉になっていなかった。それでも神梛さんに私の思っていることは伝わったらしい。
「そうですか。それはお辛かったですね。結莉花さん、もしかして朝起きれないだけじゃなく午前中はずっと具合が悪かったり、よく立ちくらみがしたりしませんか?」
神梛さんにそう尋ねられ私は息をのんだ。神梛さんが言ったことは全て私に当てはまったのだ。
「やはりそうですか。多分それは結莉花さんが努力していないのではなく[起立性調節障害]という病気だと思いますよ。この病気は思春期の女子が発症しやすい病気で症状は先ほど申し上げた通りです。私の知り合いも[起立性調節障害]を患っていましたのですぐにわかりました。」
神梛さんにそう言われて私は心の中のもやもやとしたものが晴れた気がした。今まで努力していないということだけじゃ納得できなかった症状の名前がわかったのだ。
「ありがとうございます!病名がわかっただけでとてもすっきりしました!」
「それはよかったです。[起立性調節障害]は主に低血圧によって引き起こされる病気なので病院へ行って血圧を上げる薬をもらうだけでもだいぶよくなると思いますよ。それから、ストレスも関係してきますのであまりストレスをため込まないようにしてくださいね。」
神梛さんの言葉に私は大きくうなずき席を立った。
「色々とありがとうございました。ラベンダーティーもとてもおいしかったです。家に帰ったら母とよく話してみます。本当にありがとうございました。次に来るときにはきちんとお金を持ってお客さんとしてきます。」
そう言って私が木製の扉を開け温室を出ると神梛さんが手のひらサイズの包みを渡してくれた。
「これは先ほどのラベンダーティーの茶葉です。ラベンダーの花を使ったクッキーも一緒に入れておきました。ラベンダーの花言葉は[許し合う愛]や[期待、幸せがくる」ですのできっと全ていい方向に動きますよ。」
神梛さんにお礼を言ってお店を出るとお母さんが道路に立っておろおろとあたりを見回しているのが見えた。
「お母さーん!」
そう言って私が駆け寄るとお母さんはぱっと顔を輝かせ涙を流しながら
「どこ行ってたのよ結莉花。心配したじゃないの!」
と言って私を強く抱きしめた。私は「wonderlamd」のことをお母さんに教えてあげようと首をひねって後ろを向いたがそこにはまるで何もなかったかのように水田が広がっていた。今思えば教えていないのに神梛さんが私の名前を知っていたことも不思議だ。wonderlandは全て私の夢だったのではないかと思ったが、私の手には神梛さんからもらったラベンダーティーの茶葉とクッキーの入った包みがしっかりと握られている。家に着くまでの間、お母さんに不思議な雑貨屋さんwonderlandのことを話してみよう。
「お母さん、あのね……」
ようこそワンダーランドへ。〜誕生日花〜 栞菜六花 @Rikka_Kanna
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