ようこそワンダーランドへ。〜誕生日花〜

栞菜六花

第1話 Today is my mom's birthday.

「ねえ、悠宇ユウ。お母さんの誕生日プレゼントもう決めた?」

頭まで布団に潜り、同じように頭まで布団に潜っている弟の悠宇と頭を付き合わせて小声で尋ねる。

「まだ。お姉ちゃんは?」

「私もまだ。明日、一緒に探しに行かない?」

お母さんの誕生日は明日。少し前にカレンダーを見て思い出した。美容やファッションにもあまり関心のないお母さんのプレゼント選びには毎年、頭を悩ませる。

「いいよ。僕も明日探しに行くつもりだったし。」

「じゃあ、決定だね。寝坊しないでよ。おやすみ悠宇。」

「うん。おやすみ。」

私は茉由莉マユリ。中学2年生だ。弟の悠宇は小学5年生。あまり仲は良くないが、時には協力することも大切だ。そんなわけで私と悠宇は一緒にお母さんのプレゼントを探しに行くことになった。


翌日、私と悠宇は家を出て町を歩いていた。

「なかなかお母さんが喜びそうな物見つからないね。もう日が暮れて来ちゃった。そういえば、インターネットで見たら、お母さんたちが誕生日にもらって嬉しいものって普段使えるものなんだって。」

私はインターネットに書いてあったことを悠宇に話す。

「へーそうなんだー。あっ!あそこの雑貨屋さん、お母さんが喜びそうな可愛い小物がたくさん売ってるよ!」

そう言って悠宇はお店にかけて行ってしまった。お店の名前は

「wonderland」

可愛い名前だな。と思いながら悠宇の後に続いてドアを開けた。

カランカラン

ドアを開けると、柔らかそうな茶色い髪の毛の男の人が出てきた。

「いらっしゃいませ。ようこそワンダーランドへ。私は店長の神梛カンナと申します。本日は何をお探しですか?」

「えーっと、今日はお母さんの誕生日でプレゼントを探しているんです。」

「そうですか。それならこちらなんかはどうでしょう。」

そう言って神梛さんが雑貨の陳列されている棚から手に取って見せてくれた物は落ち着いた色合いの可愛らしい小さな巾着袋だった。何だろうと思って顔を近づけると家の庭に咲いている薔薇の香りがした。薔薇はお母さんの好きなお花だ。

「とってもいい香り。お母さんも喜びそうです。中に薔薇のお花が入っているのですか?」

そう尋ねると神梛さんは目を細めて微笑んだ。

「そうですよ。よくわかりましたね。これはポプリと言って中に乾燥させた薔薇の花が入っているんですよ。」

「これ、おいくらですか?」

とても可愛らしくていい香りだが、あまり高いと買えない。

「一つ十円です。」

「えっ!」

こんなに素敵なものだから、もっと高いのかと思っていたので少し拍子抜けしてしまった。

「このポプリに使っている薔薇は私が育てているものなので安くお売りすることができるんです。もし良かったら、温室がこの奥にありますので見ていかれますか?」

「ここで育てているんですか?てっきり神梛さんのご自宅で育てているのかと思いました。」

そう言うと神梛さんは

「間違ってはいませんよ。ここの二階が私のプライベートルームになっておりますので。」

と言って微笑んだ。

「もし良ければ弟さんも一緒に見に行かれますか?」

そう神梛さんに言われて悠宇のことを思い出した。

「悠宇、ここの温室を見に行くんだけど一緒に行く?」

じっと見つめている新幹線の形をした小物から悠宇を引き離し聞いてみた。

「うーん。どうしようかな。そこって何があるの?」

そう尋ねる悠宇に神梛さんが優しく答えた。

「温室は、たくさんの植物を育てている場所です。今の時期ならフェンネルやローズマリー、コスモスなどの花が見られますよ。お母様への誕生日プレゼントにされてもいいんじゃないでしょうか。」

「へーじゃあ、行ってみる!」

悠宇がそう言うと神梛さんはお店の奥の茶色い木の扉を開けた。

「「うわあ!」」

そこには色とりどりのお花が咲き乱れていて、部屋の中は不思議な香りに溢れていた。

「この部屋では約百種類の植物を育てています。9月の誕生日花ですと、コスモスはなんかいかがでしょうか?同じく9月の誕生日花のマーガレットと合わせて贈っても良いかもしれません。ちなみにコスモスの花言葉は〈調和〉〈乙女の純心〉で、マーガレットの花言葉には〈誠実〉〈真実の愛〉などがあります。」

神梛さんの提案に私は手を打って

「それは良い考えですね!二つとも小さくて可憐な花だしとっても素敵な花束ができそうです!」

と言った。悠宇も頷いて「いいね!」と言っていた。

「ではコスモスとマーガレットの花束をご用意致しますのでこちらか店内でお待ちください。」

神梛さんが行ってしまうと悠宇は部屋の中をスキップして回りながら話し始めた。

「お姉ちゃん、この部屋とっても広いね!でも、外から見たときにはそんなに広そうなお店に見えなかったよね。」

「うん。」

確かに外から見たときにはこじんまりとしたお店に見えた

「それに、ここら辺はよく通るのになんでいつも気がつかなかったんだろう。なんだか不思議なところだね。」

そんなことを話していると神梛さんが呼びに来た。

「花束の用意ができましたよ。」

用意されていた花束は予想通りとても可愛らしく仕上がっていたが……

「あの、この濃いピンク色のお花と小さな白いお花って……?」

「この濃いピンク色のお花はダリアというコスモスやマーガレットと同じく9月の誕生日花で、小さな白いお花はフェンネルという花です。これはサービスで勝手に加えさせていただきました。」

神梛さんの手によってアレンジされた花束は、ダリアの濃いピンクとコスモスやマーガレットの淡い色と合わさりとても華やかでいて落ち着きがあった。

「とっても綺麗です!ありがとうございます!」

お礼を言うと神梛さんは「これも特別にお付け致します。」と言って悠宇がじっと見つめていた新幹線の小物を袋に入れた。

「えっ!そんな!良いですよ!」

そう言うと神梛さんは微笑んで「お気になさらずに」と言った。

「悠宇、お礼は?」

私が言うと悠宇は開いたままになっていた口を閉め「ありがとうございます。」と言った。お会計を済ませてお店を出ると、空はもう茜色に染まっていて、どこからか魚の焼ける香ばしい香りが漂ってきた。

「お腹空いたね、悠宇。お父さんがケーキを用意して待ってるから早く帰ろう!」

「うん!」

もうすぐ我が家だ。またいつかあの不思議なお店、「Wonderland」 に行きたいな。

「お母さん、プレゼント喜ぶかな。」

「喜んでくれると良いな。じゃあ、悠宇と私のどっちが先に家に着けるか競争しよう!」

「「よーいスタート!」」


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