Part1 セカンドミッション
「まじうけるー!」
「いや、うけはしないかな…」
そんな出来事から一ヶ月以上が経過していた。
ここは高校で今は放課後。教室内で大声を発したのは、いつもこの時間まで残って雑談をしている三人のうちの一人真理だ。
他の生徒は部活に出たり家に帰ったり寄り道したりとそれぞれに用事がある為、大抵はこの三人ともう一人しか残っていない。
そのもう一人というのは毎日のように下校時間ギリギリまで自分の席で机に突っ伏して寝ている熔見という男子生徒だ。
「ねーねー。熔見さぁ、いっつも寝てるよねー。この前は三日くらい休んでたし?」
「その前にも、一回一週間休んでたよね」
圭と真理の言う通り熔見は何かと学校を休むことが多い。
その当時はクラスでも少し話題に上がり、もしかしたら病気かもしれない、旅行に行っているのかもしれないと様々な噂が出ていたのだが、いかんせん彼は自分から話すことが殆どない上聞きに行き辛いのでそれが本当かどうかは定かではなく今でも未解決のままだ。
「あの時、本当に旅行に行ってたとしたら面白いけどね」
「どこ行ってたのか気になる!」
「いや、まず旅行かどうか確定してないけども」
毎回毎回よくも本人を目の前に飽きずに雑談の話題に出来るよなと思いながらも、その中で自分も寝てるわけだがとセルフツッコミをいれる。
「もしかしてさー。私達に聞いてほしいんじゃないの?ホラ、最近のテレビでもやってるじゃん。構ってちゃんってやつ!」
「えっ…それは迷惑でしょ。やめときなって」
「私達可愛いからきっと話すきっかけが欲しいんだよ!」
「どういう思考回路だよ。というか話聞けよ」
(どういう結論でそうなった。ねぇよ)
このままでは本当に絡まれかねない。そう思い彼は有言実行。電光石火の如く鞄にノートを詰め込み疾風迅雷の如く教室を出て靴箱へと向かう。
その速さに三人は気がつけばいつの間にか教室からいなくなっていたという。
「…はやっ」
「…あ、わかった!話し掛けられるの恥ずかしいんだー!」
「いやいや。勝手に決めてあげるなよ」
(今度からは図書室で寝るか、トイレで寝るか…)
否が応でも学校内でひと眠りはしてから帰りたい様子だ。
熔見のクラスの教室は二階にあり、靴箱は当たり前だが一階。そこで上履きを脱いでる最中、真理の笑い声だけはここまで聞こえてきた。
靴に履き変え校舎を出る。
今はグランド横の通路を通っているにも関わらず二階の教室の窓を通して聞こえてくる彼女の声を耳にしながらため息を吐き学校を後にした。
時間は少し進み、夜の七時を回っていた。
先程の三人も既に学校を出ており今はカラオケの帰りで、真理が携帯電話の会員証を提示し忘れ、帰り際に提示しようと電池が無くなり、さらには財布の中身がないというコンボを決め鈴音にはおごってもらい、圭からは軽く蹴りを貰うという散々なものとなってしまっていた。
コンビニでお菓子を買い、入り口から少し離れたところでそれらを食べながら雑談をしている途中で、急に鈴音が思い出したように話を変えた。
「そういえば、今日拓巳くんと会うんけど」
携帯の画面に映し出されている拓巳からのチャットを見ながら忘れてたーと小さくつぶやく。
「え!?じゃあカラオケ行ってる暇ではなかったんじゃ」
「いや、九時前にって言われてるし」
「ほうほう…これはもう、アレですなぁ!」
なにかを察したのか、真理が急ににやりと不敵に笑いながら手をちょいちょいと振る。そのしぐさはまるで近所のおばさんだった。
「いやいやいや!そんなんじゃなくって」
「えー。じゃあなんで会いにいくの?」
「それは、誘われたから…」
「んじゃいいじゃん!流れに身を任せたらどうよ!」
「無責任過ぎるだろ」
コンビニには老若男女問わず出入りしているというのに、声を抑える事なく話題にする彼女に圭がうるさいと制止させる。
「何かあったら連絡してよ?あいつ、色んな女に手を出してるっぽいから」
「うん。ありがと。じゃあ私はここで…」
「何かやらかしてワンチャン男と別れるなよ!じゃね鈴音!」
鈴音はワンチャンの使い方を物凄く間違えている真理にくすっと笑い、圭にはまた連絡すると残し手を振り拓巳のいる場所に向かった。
「……なるほど。了解です」
鈴音が真理と圭の二人と別れて少し経った頃。廃墟となっているホテルの近くに一人の青年が来ていた。
このホテルはかなり前から使われておらず、建物自体に明かりはない。
あるといえばそこから少し離れた道路の街灯と月の淡い光だけだ。
都心から離れた場所にある廃ホテルで敷地は広く、当時はかなり栄えており外観も綺麗だったのだろう。
しかし長年人が出入りすることはおろか、イベントなどにも使われていないせいで雑草も蔦も生い茂り、夜ということも相まって心霊スポットのように不気味な雰囲気を漂わせていた。
青年は左腕に付けている腕時計型の端末を指で操作しながら耳につけている小型通信機を通して誰かと会話をしている。
様々な電子機器を装着している青年は地面に置いているアタッシュケースを開き、その中から拳銃を取り出す。
銃の名前はデトニクス。この青年の愛銃だ。サイズはコンパクトで手に持つには調度良い大きさとなっており、多少の改造が施されている。
そのスライドカバーの右側には人の名前の頭文字だろうか『E.G』と英字が綺麗に彫られておりグリップ部には多くの傷がつき、色があせている。相当使い込まれているのだろう。
「やっぱり自分の愛銃が一番だな……あぁいえ。前回の任務で使ったUSPでも、全く問題ありませんでしたよ」
デトニクスが入っていた同じアタッシュケースの中からマガジンを取り出し、弾が入っていることを確認しながら通信機に向かって微笑する。
「あの二人はバックアップに、ですよね。了解です」
マガジンをデトニクスに装填、スライドカバーを後ろにコッキングし、腰に付けているガンホルスターにしまい込み落ちないようベルトで固定する。
腕時計型の端末に映っている時計やミッション内容の書かれた画面を端末側面にあるボタンで閉じ、スタンバイモードに移行させ、代わりに端末に付属しているLEDライトを点灯させた。
その瞬間先程まで淡い光で照らされていた場所が鮮明に照らされる。
その明かりは青年の夜目に直撃して、彼は眩しいと呟きながらも光りに目を慣らし廃墟へと向かって行った。
(……えっ。なにあれ)
青年がその場から去った後、一人の少女、鈴音が物陰で身を震わせながら頭のなかでそう呟いた。
小さな端末の淡い明かりが照らし出した拳銃とその後に聞こえてきたミッションスタートの声。
それを見て聞いてしまった彼女はあかんやつと思いすぐに彼氏である拓巳に携帯のPIPEというSNSアプリで連絡を入れる。
何故ここに鈴音がいるのか。それは単純に拓巳がこの廃墟を会う場所に指定してきたからだ。
『やっぱり今度にしよ。さっきこの廃墟に危なそうな男の人が入って行った』
とにかくこの廃墟内は危ないという事を伝えたかったからか乱雑で端的なメッセージになってしまったが、それでもこれだけでも普通に別の場所に移すということを考えるだろう。
『大丈夫だって』
(ええぇぇぇ……)
もうこれは一人で勝手に帰って無理矢理予定を変更しようと考えて帰ろうと後ろを向いた瞬間だった。
「よう鈴音。ここにいたか」
(見つかった……)
目の前には鈴音と同じように携帯を開いている拓巳がいた。画面の光りを顔に受けているので彼だとすぐにわかったのだ。
「んじゃあ行こうぜ」
拓巳は鈴音の返事を待たずに腕を掴んでそそくさと廃墟へと連れていこうとした。
「ちょ…帰ろうって言ってるのに……」
それに抵抗する事もできず半ば強引に、彼女はそのまま拓巳に引かれて廃墟の中まで連れられて行った。
廃墟の入口は大きかった。しかしそれはただ広いというだけで殆どのインテリアは撤去され、月光で照らされている場所を見るだけでも汚れているうえにかなり埃っぽく入った瞬間に埃の独特な匂いが鼻を突き抜けた。
特に会話するわけでもなく鈴音はただ拓巳に強く引っ張られてどんどん奥へと進んで行く。
「ねぇ。今日は言いたいことがあって来たんだけど…」
「え?何?」
手前にあるエスカレーターを通り過ぎ、一階の奥にある非常階段を上って二階にたどり着いた時に鈴音が思い出したかのようにそう言った。
その言いたいことについて何か思うところがあるのか、携帯の明かりだけの暗い中でもわかるようにドキッとたじろいだのがわかった。
すると拓巳はぴたっと止まって鈴音の方を振り向いた。
「…な、なに?」
「…鈴音……」
拓巳が何かを呟いたのはわかったが何を言ったのかは聞き取れなかったので聞き返すため言葉に出そうとしたが、いきなり拓巳は鈴音の肩をガシッと掴んで押し倒した。
「ちょぉ!?いきなり!?」
拓巳はライトの代わりとして使っていた携帯を床に置いて鈴音の上にのしかかり息を荒げて彼女を押さえ付ける。
流石の彼女もこの先に待ち受ける事を知らない程世間知らずで絶対的純粋心の持ち主ではない。
拓巳は運動部員でありエースとも言われている程だ。
対して彼女は刺激を求めるゲームが大好き一般帰宅部員。刺激を求めるといってもこんな刺激だけは勘弁と何とか抜け出そうともがくが、そんな程よく筋肉のある男子から抜け出すことは叶わず手首足首をわたわたさせるだけで無駄だった。
「あ、あのね拓巳君?こういうのってまだ早いんじゃないかなーって思うんですけど…」
力で無理ならなんとか説得させようと試みたが彼は聞く耳を持たずに息を荒げて彼女の服を脱がそうとしてくる。既にブレザーは脱がされ残った装甲は白いワイシャツと白い下着のみ。これが破壊された瞬間に鈴音の負けは確定となる。
このホテルは街の中心から離れており叫んでも気が付いてもらえる可能性は低い。
何よりこの状況が突然すぎて声を張り上げることが出来ない。
「た、拓巳くーん?そろそろそういうの止めないかなーあははー…」
もうこの状況でどうすることも出来ずに鈴音は苦笑いが込み上がってくると同時に涙も浮かんでくる。
もう駄目だ。そう思った瞬間。奇跡というべきか不幸というべきか。足音が幾つか聞こえてきて、鈴音達の前で止まりジャキッという音と共にその男達は自動小銃を二人に向けたがそれが子供二人だと分かった瞬間、向けた銃口を横に反らした。
「こんな廃墟で何やってんだ?…ったく」
二人の話し声が聞こえたからここに来たのだろうか。
見るかぎりだと五人いる。全員ゴーグルを装着しているが、どう見ても日本人じゃなく外国人だ。
そのうちの一人がゴーグルを外して周りの四人に指示を出す。この様子だと恐らく彼はリーダーなのだろう。
「さっさと帰れ。ここはカップルのイチャイチャスポットじゃない。あぶねぇぞ」
リーダーは両手で携えていたFA-MASという自動小銃に付けているベルトを伸ばして肩にかけた。
それは全て部下の一人が肩に装着しているライトによって照らし出されているので、拓巳と鈴音の目にはこの五人が身につけているものが丸見えとなってしまっていた。
「うわぁぁぁあぁああぁぁ!!?」
そんな装備を見てしまった拓巳は、鈴音の服を脱がそうとしていた手を止めて足が縺れながらもこの場から一早く去ろうと廊下を走り、悲鳴のような叫び声を張り上げながら鈴音をその場に放置したまま二階を降りていき、ホテルから逃げ出してしまった。
その様子を見た外国人五人が何を思ったのかはすぐにわかるだろう。彼等は顔を見合わせ、呆れて苦笑していた。
「あいつ、彼氏か何か?…だとしたらさっさと別れた方が身のためだぜ。あんな体目的のような男は頼りにならん。ほら。さっさと嬢ちゃんも帰りな。ここに留まってるともっと危ないからな」
流暢な日本語でリーダーにそう言われたが逃げることは出来ない。足がすくんで立ち上がれないのだ。
「そ、その銃は…」
やっと出た一言がこれだった。男達は全員が同じ銃をもっていて肩には懐中電灯。真ん中にいるリーダー以外は片耳に通信機をして腰にはマガジンポーチ。
しかもここは日本だ。こんな格好で怪しいものではありませんと言われても絶対に信じることはできない。
「これか?本物だぜ。一難去ってまた一難ってやつか…わりぃな」
ここでなにがあるのか聞こうとしたが、流石に聞く気にはならなかった。
映画の撮影か何かかと思ったが、それなら他にスタッフがいるだろうし立入禁止の札があるだろうと考えを捨てた。
「このままここで倒れてもらってちゃ、下手すれば下敷きになるし…仕方ない。外まで連れていってやる」
だが新たに違う疑問が彼女の中に思い浮かんだ。それはこの五人のなかに廃墟近くに来ていたあの青年がいないのだ。
それを鈴音は五人に聞いてみると後ろの四人はまたしても顔を見合わせて話し合って、リーダーであろう男は渋い顔をしてここもばれちまったかと呟いていた。
(今から外に出ようにも途中で会ったら面倒だしなぁ……)
リーダーは顎に指を当てて少し生やしている髭をなぞって鈴音から目線を逸らして何かを考え始めたが、すぐに何かを思い付いたようで床に座っている鈴音に目線を合わせるためにしゃがんだ。
「嬢ちゃん。学校と学年は?」
「せ、清波高校…二年です」
「やっぱりか。なら少しだけ都合がいい。すまないが、もう少し我慢してくれ。今から来る奴に引き渡すから」
「えっ。引き……?」
ゲイリーは肩に掛けた自動小銃を部下の一人に渡し、残りの三人に命令を下そうとしたがいつの間にかいなくなっており、周辺を見渡したが何処にも見当たらない。
「おいおい。あの三人はどうした!?」
「侵入者は廃除すべきとかなんとか行って、下の階に向かいましたが」
「はぁ!?」
流石に命令もしていないのに独自判断で行動に移した部下達に苛立ち、もう別の場所に行ってしまったということでどうすることも出来ず頭をぽりぽりと掻く。
「だぁぁまじかよ…残りはお前だけか。仕方ない。予定通り上の階に向かうぞ」
「追い掛けなくていいんですか?それにこの少女は…」
FA-MASを預けた部下はそう質問してきたが、リーダーは俺に考えがあるんだよと一言。
それには反論せずに了解ですと頷いてくれたので、どこかへ行った部下よりは役に立つなと思いつつ彼は拓巳に脱がされて地面に投げ出されていたブレザーを拾いあげ、埃を掃って状況がイマイチわかっていない鈴音の肩に掛けて何も言わず両手で彼女を抱き上げた。
「ちょ…なんで!?」
「足すくんで立てないんだろ?何もしないから安心しろ」
いきなり出会った外国人の男に担がれると流石に鈴音も抵抗するが、それは大人の、しかも外国人相手には虚しくそのまま上の階へと連れていかれてしまった。
無理矢理廃墟に連れて来られ、こんな武装した外国人に出会って抱き抱えられるなんて散々な日だよと彼女は正直泣きたい気持ちで一杯だったがリーダーである男もまた、予定外の人物の侵入や部下の身勝手な行動で困り果てていた。
デトニクスを装備した青年は鈴音達が入ってきたエントランスとは逆の場所に位置する倉庫の窓から侵入していたお陰で誰に会うこともなく難無く入ることが出来た。
入った倉庫の中は殆ど綺麗さっぱり何も無くなっていたので探索という探索はあまり必要なくすぐにそこを出て、スタッフが着替えていたであろう更衣室へと向かった。その更衣室内を調べている途中に上の階から若い男の叫び声が聞こえたと思ったらすぐにフェードアウトしていき、廃墟から走って出ていく音が一階に響いて聞こえてきていた。
青年は廃墟のもの珍しさに遊びで入った馬鹿が何かしでかしたか、もしくはあいつらに出会って逃げ出したんだろうと考えて腕時計型端末をスタンバイモードから立ち上げて操作しはじめる。
この腕時計型の端末は某社のものに似ているが、性能や搭載されている機能は全くの別物。
今青年が操作し始めたのはモーションセンサーという、熱源反応をモニター内に映し出すものだ。
画面を指でタップしてマップを拡大させて自身の敵がいる場所を正確に映し出す。
(おかしい。ボス達の情報では確か五人のはず……なんで一人増えてんだ?)
声には出さず頭のなかで理由を探る。
この状況で一人だけの増援というのは考え難いからだ。
一人増えたのではなくダミーという可能性も考えたが、ダミーをわざわざ配置するのなら固まってその場にいるのでは意味はないだろうと考えてこの推測は捨てた。
何はともあれ相手は一階ではなく二階。ならば一階に留まっている必要はないと更衣室を出て、ホテルが廃館になった当時から既に停止しているエスカレーターをライトで照らしながら二階へと上って行く。
エスカレーターを上りきり周囲をライトで照らすがこんな広々とした空間に堂々と居るはずがない。
少し真っすぐ歩いた所にある大ホールへと通じる観音開きの扉を少しだけ開け、その隙間からライトで照らして見るものの動くものはなく気配すら感じられない。
確認の為もう一度腕時計型の端末を見てみるとセンサーに映る熱源は三階に既に移動しており、それらは三人三人に分かれていた。
片方は更に上へと向かっており拡大したマップの範囲外に消えていったが、もう一方はこちらに向かって来ていた。
今青年が入った大ホールは宴会やイベント等の団体用に使用されていたのだろうが既に椅子やテーブル等は撤去されているので大ホールが余計に広々と感じてしまう。
そんな事を考えていると、先程まで熔見がいた観音開きの扉の向こうから足音が複数聞こえて来る。それらは先程分かれてこちらに向かって来ていた三人に間違いない。
モニターの横に付いている小さなボタンを押して腕時計型の端末から放たれている明かりを消す。その明かりのせいで自分の位置が相手に分かってしまうからだ。
代わりに青年は首にかけていたゴーグルを装着し、腕時計型の端末の液晶に映るゴーグルのアイコンをタップした。すると今まで普通に向こう側が見えていたゴーグルのレンズは途端に真っ暗になり、そして次の瞬間にはレンズに『Infrared mode』という文字が浮かび上がり、レンズに映る範囲は良く見えるようになった。 正常にゴーグルが作動したことを確認すると周囲をざっと見渡し隠れることが出来そうな場所を探す。
流石に大ホールというだけあって隠れることの出来そうな遮蔽物が無いことに気が付き、仕方なく舞台に上がりその奥にある小さな倉庫のような部屋に隠れる為に向かうが相手はこの青年を探している。
大ホール内はこの部屋しかないので恐らく真っ先にこの部屋まで調べに来るだろう。
青年が倉庫内に入った直後観音開きの扉がギィと開く音が、会場内が静か過ぎる故にここまで聞こえてきた。
「おい。こんな大ホールにいるのか?」
「気配はないが…」
「奥の部屋まで行ってみないとわからんだろ。何としても手柄を立てるぞ」
扉の閉まる音と一緒に相手三人が極力小さな声で話す声が聞こえてくる。奥の部屋までという台詞もあったので交戦は絶対だろう。
部屋の陰から彼は頭を出して大ホール内のどこに彼等がいるかを確認する。そこにはやはり男三人が自動小銃を構えて肩に取り付けている懐中電灯で辺りを照らしながらキョロキョロ警戒しつつこちらへと向かってくる。
(AK…サプレッサーは付いてるか)
AKとは相手の三人が構えている自動小銃AK―47の事だ。別名カラシニコフとも呼ばれており第二次世界大戦時には最も多く人を殺した銃といわれ、世界でもかなり有名な銃だ。
生産性が非常に高く、そして安価。そういった理由からか犯罪組織の人間も多く所持しており相手三人も同じだろう。
相手はサプレッサーを付けているがこちらも何も用意していないわけではない。彼はデトニクスをホルスターから取り出し同ホルスターのサブポケットからサプレッサーを引き抜いてデトニクスへと装着させる。
(弾の数は考え無くてもいいが……)
サプレッサーは日本だと消音器と呼ばれているが完全に音が無くなったり相手に聞こえなくなるわけではない。
あくまでも銃声を抑えるためのオプションパーツだ。それでもいくら相手の頭や耳が悪くても近くで発砲すれば必ず気がつかれるだろう。
それにここは大ホール。音が遮られる物が少な過ぎる。せめて敵三人が分かれて行動してくれればと願うが生憎敵三人は固まってこちらに向かっている。
と、青年は何かを思い付いたのかセッティングルーム内の棚にある何かを掴みそれを舞台裏に入るための入口から大ホールの向こう目掛けて適当に放り投げた。
彼が投げたそれは敵三人の頭上を通って向こうの壁に当たり大きな鈍い金属音を立てて床に落ちてその際にも音がエコーのように鳴り響いた。敵三人はそれに素早く反応し音のした方向を振り向く。
「なんだ…?」
「やつか?」
彼等は舞台の奥の部屋に行こうと階段を上っていた足を止めてその音のした方へと仲良く一緒に確認しに向かおうと、側を離れることなく二人は一列になって肩のライトで周辺を照らしながらゆっくりと階段を下りていく。
二人。そう。敵の一人はもう既に倒れてしまっているのだ。
青年が投げた物は金属パイプで音は大ホール中に響いた。サプレッサーを取り付けた拳銃の音よりも遥かに高い音が、だ。
「おい!やらてるぞ!」
「どこからだ…?」
別に殺したことは相手にばれてしまっても構わない。撃った方向や場所がわからないと相手を惑わすだけで充分なのだ。
相手二人が肩に付けている懐中電灯の明るさではこの大ホールを一気に全てを照らし出せるわけではないので四方八方どこからでも襲われる可能性はあるという不安を、残った二人に与えるだけでいい。
(いや、舞台奥の部屋……)
(それとも違う場所…?)
案の定敵二人は青年の居場所がわからず小声で話しながら背中をお互いに預けるように陣を取り、懐中電灯の明かりと自分の目だけを頼りに銃を構えて一歩も動けないでいた。
青年はこれを見て好機だと思ったのか舞台奥の部屋から逃げるように勢いよく飛び出して相手の懐中電灯の光りの届かない場所に移動する。その際部屋の中にあった残りの金属パイプを全て床に落としたお陰で二人は部屋の方を向いて、片方は耐え切れなくなったのか構えていた自動小銃を乱射した。
(おい馬鹿!)
片方は乱射してしまっている仲間を制止させる為に小声で叫ぶように呟いたがサプレッサーを付けているとはいえ銃声の前では届かない。それは青年の企み通り。
乱射している男の頭目掛けてデトニクスの引き金を引く。その弾丸は見事敵一人の頭に当たって銃を乱射させながらも先程の仲間と同様床に倒れた。
(よっしゃ。残り一人…かな?)
今ここで腕時計型の端末を開いてしまうと、その明かりのせいで位置がばれてしまうのでモーションセンサーで敵の数を再確認することは不可能だ。なので残り一人になったとしても大胆に動くことは出来ない。
残った一人は仲間がいなくなったことに不安は募るばかりで、先程までの銃声や金属音は聞こえない。その静けさに圧迫された男は一旦退こうと仲間の屍を避けて入ってきた観音開きの扉まで後退りをしながら向かっていく。
その行動は青年にとっては好都合だ。もしこの残った一人が彼と同じく舞台奥の部屋に逃げ込んで立て篭もったならば少し方法を考えなければいけなかったが、観音開きの扉までは距離がある。故に青年は懐中電灯の明かりの範囲に入らないように敵の背後に忍び寄る。
手を伸ばせば扉に手が届く距離まで来た男はこれでも喰らえと言わんばかりにAKに装填されている弾を全て撃ち尽くさんとばかりに大ホールの辺り一面に弾をばらまきながら後ろに引き下がるが、一歩後退した時にゴリっという感触を後頭部に受けた敵一人は自動小銃の引き金を引いていた指を離してピタっと発砲を止めた。
後頭部に突き付けられたものが拳銃だと数秒遅れて気がついたのだ。
(こいつ……!)
「お前を殺す前に一つ聞きたいんだけど、何で一人増えてんの?増媛?」
まだマガジン内に弾は残っている。ならばと敵は振り向き際にAKの引き金に指を置いて後ろにいる青年に向けて撃とうとするが、それはただの悪あがきでも何でもないと言うように彼は敵が発砲する前にデトニクスで頭を撃ち抜いた。
それを受けた敵は撃たれる直前に指は引き金を引いたのでAKに残っていた弾は壁や天井に向かって文字通り乱射された後倒れて以降動かなくなった。
腕時計型の端末を開いてモーションセンサーでもう敵は来ていないか近くにいないかを確認する。
どうやらこの敵で最後らしく、慎重に行動した意味があまりなかったかなと腕時計型の端末のマップを開く。
センサーに反応する熱源は残りの三人のみだった。
青年が敵三人と交戦しているであろう時。
リーダーであろう男と鈴音。そして残った部下の合計三人は廃ホテルの五階へと上っており特に会話をすることなく時が過ぎていく。
ここは最初に書いた通り廃ホテルなので四階から上の殆どの階が客室となっている。リーダー達が今居るのはその客室の中でも少し広いダブルベッドルームだ。
一階のロビーや二階の大ホールと同じように時が経って埃が溜まっているのだろうと彼女は考えていたのだが、連れて来られた時はあらビックリ。辺りが見渡せるほどの明かりが点いており部屋内の家具には埃が被っておらず机の上にはノートパソコンが二台とタブレットが三台。
ベッドの足元には大きなバッグが五つ程置かれてあり、このリーダー達の簡易的な拠点にされてあったのだ。
リーダーと部下は部屋に置いてある自分達のパソコンやタブレットを忙しそうに操作しては何やら葛藤しているのだが、鈴音はというと部屋のベッドに座って二人の作業している光景を眺めて暇そうにしていた。
ここから逃げ出すことも可能なのだろうが、リーダーの言っていたことが本当ならばここに来た侵入者か向かって行った部下にばったり出会ってしまい反射的に撃たれることも、もしかしたら銃撃戦の真っ只中で流れ弾に当たって即死亡なんて可能性も無いわけではない。
それにこの部屋は明るいが、この部屋に来るまではリーダー達も懐中電灯を頼りにしていた。ということは外の廊下も他の客室も非常用階段も、勿論エレベーターも機能していない。
辺りが真っ暗なので逃げようにも逃げることが出来ないしこの二人が自分に手を出してくる気配はなさそうなので大人しく座っていることにしている。
「……あの」
リーダーと部下が物を動かす際に機械がぶつかる音等の物音が鳴り響く客室のなかで、遂に彼女は口を開いた。
「ん?どうした」
ノートパソコンの一つをシャットダウンさせ、それの電源コードをコンセントから引き抜いて部下に渡した後に彼女の声にリーダーが反応した。
「今から来る人って…誰なんですか?」
「そうだなー…まあ来たらわかるだろ」
タブレット三つを同時に操作し、次に残ったノートパソコンの画面を見てこれはいらないとかあの三人がなぁとか色々不満を呟きながらもまたタブレットを操作しながら鈴音の質問に答えた。
部下もリーダーの返答に、ちゃんと返してあげたらどうなんですかと呆れていたがどうせもうすぐ来るだろうよと部下のそれにも適当に返事をした。
「鈴音ちゃん…でいいんだっけ?」
「えっ。なんで私の名前を…?」
リーダーはその質問に対してすぐには答えず、代わりに机の上でコードに繋いでいたタブレットを外してそれを鈴音に渡して勝手に調べさせてもらったと言って画面を指差す。
そのタブレットの画面中央に映っていたのは鈴音の顔写真と名前とクラスだった。
「…!?!?」
「前にちょっとした用事があってなぁ。清波高校の生徒名簿が記録されてるデータに侵入してたんだ」
「用事…?」
それについてはまあちょっとなと話を濁して、渡したタブレットを回収し側面に付いているボタンを押して電源を切りバッグの一つにしまった。
「ここに私が見た侵入者?が来るって、どうして…もしかしたらあの三人に殺されてるんじゃ…」
「いや。それはない」
「俺は侵入してきたやつとは何度か対面したことがある。それに、殺しに向かったのはあの三人の勝手な判断だ。そんなやつらにあいつがやられる訳はない。絶対にな」
この質問に対してだけリーダーはきっぱりと鈴音の顔を見て即答した。それを横目に部下は何も言わず黙々とタブレットを操作していた。
赤外線モードを終了させたゴーグルを顔から外して首に掛け、情報を手に入れようと腕時計型の端末のライトで照らしポケットを探っていた。
一番最初に殺した敵の内ポケットの中には酒の入った小さな缶ボトルと予備用の拳銃とマガジンだけが入っており、二人目は拳銃の他に免許証が出てきたのでそれだけ青年は自身のポケットに入れて他は全て放置した。三人目からは警察手帳が出てきたので流石にこれには青年も驚いていたがこれも貴重な情報なので二人目の免許証と同様ポケットに入れた。
「さぁて。終わったかな」
それを一通り済ませた彼はモーションセンサーで三人の場所を再度確認し、大ホール出てそう呟いた。
ここは二階だ。五階まで上らないとダメなのかと面倒そうに眉間にシワを寄せて頭を掻き、仕方なさそうに目の前にある非常用階段を上っていく。
五階まで上り切り、客室のある廊下を角から頭を出して覗いてみると向こうの方の部屋の扉は開いており明かりが漏れていた。そこに残りの三人がいるのだろう。
部屋の奥からは声が聞こえてくる。それは男性の声と若い女の声だ。
(…つまり増えたのは女?というか……)
その声には聞き覚えがあった。だがそれは部屋の中にいるので実際に見てみないとわからない。
「こんなところで何をしている。ゲイリー」
ゲイリーと呼ばれた男は片付けていた手を止めて部屋の入口の方を振り向き、誰だと言いたそうな顔をしていたが自分の待っていたあの青年だと分かった途端表情は緩み、ようやく来たかと呟いた。
対して自分の味方ではなく敵である青年だとわかった部下は自分の服に付けているガンホルスターから拳銃を取り出して彼に向けて構えるがゲイリーが構えなくていいと言ったので部下はこいつ敵ですよとゲイリーを見たが、彼はもう一度銃を下ろせと言って部下は不満そうに仕方なく拳銃をガンホルダーに戻した。
青年はというとそのやり取りを見て部下同様ゲイリー貴様は何言ってるんだ?と呟いた。
だが、今彼が一番気になっているのはそこじゃない。部屋の中にはゲイリーとその部下。そして呑気にお茶を飲んでいたであろう横に封の開いたペットボトルが置かれてあり、見た目は完全に普通の女子高校生である鈴音がベッドに座っていることだ。別に逃げられないように縛られている訳でもなく、のびのびと座っている。
「………」
流石に青年はこの展開には驚きを隠せず危うく手に持っていたデトニクスを落としそうになった。
「安心しろ。この廃墟に迷い込んで来てたから保護してやっただけだ」
そんな青年はまたしてもゲイリー貴様等は何をしたと言いたそうに部下とゲイリーを睨んできたので彼女がここにいる理由を簡潔に説明し、何もしてないということも伝える。
「鈴音。本当に何もされていないのか?」
「えっと…何もされてないよ?それと、私の順応力が乏しいのかな。イマイチ状況が掴めないんだけど…あなたは?」
「掴めなくても、俺が誰でもお前には関係ないな」
青年はデトニクスをガンホルスターにしまうことなく万が一の為に片手で持っているが、ゲイリーは今だにタブレットを操作して何かを確認しながら困ってるようで眉間にシワを寄せてこれも違うしあれでもないしと呟いていた。
しかし青年と鈴音の間に漂う緊張感というかそんな雰囲気を感じ取ったのか、ん?とタブレットから目を離して二人を交互に見る。
「おい熔見。鈴音ちゃんとクラス同じなんだろ?」
「うえぇ!?熔見君!?」
「…ちっ。ばれてなかったのに…」
鈴音のこの反応には熔見や部下よりもゲイリーが一番驚いていた。それもそのはず。彼が清波高校の生徒名簿を閲覧していた目的の人物は熔見で、その彼と同じ学年で同じクラスの鈴音はてっきり普通にクラスメイトとして友達なのだと思っていたからだ。
「だって、いつも熔見君て目元まで髪で隠れてて顔あんまり分からなかったし、学校じゃあ全然話さないから声も聞き馴染みなくて……ごめん…」
鈴音が言う通り、今の彼は髪をいつも通り目元まで垂らしているわけではなく前髪をピン留めで留めている。しかも学校では殆ど喋ることがない熔見だ。
そのせいで熔見だと判断する材料が少な過ぎた結果鈴音を混乱へと導いた訳である。
「なんでばらすんだよ」
「てっきり二人ともが知ってるのかと」
「そんなわけないだろ」
「……まあそれもそうか。WTSだもんな」
WTSという聞き馴染みのない単語がゲイリーの口から飛び出てきたのを鈴音は聞き逃す事なく、首を傾げてWTS?と復唱していた。
「だぁぁもうお喋りは終わりだ!貴様と話してると素性がどんどんバラされちまう…!テロリストを相手に悠長に話してる俺もあれだが…」
「て、テロ……!?」
今度は熔見の口から思ってもいない単語が飛び出してきたのを彼女はやはり聞き逃す事なく、ばっと勢いよくゲイリーと残りの部下を見て嘘でしょと声を張り上げていた。
だがゲイリーは言うなよとは言わずに困り顔で笑いつつも表向きではそうなってんだよと彼女にそう付け加えた。
「今度こそここでお前を捕まえて豚箱に放り込んでやる」
彼はデトニクスをゲイリーに向け、それを見たゲイリーの部下もすかさずガンホルスターからガバメントを取り出して熔見に向けた。
この四人のなかで唯一の一般女子高生である鈴音はこの廃墟に来てゲイリーに出会った時よりも何か複雑な事情があるということは分かっているが自分が今どうすれば良いのかは分からずベッドに座ったままゲイリーの部下と熔見を交互に見てオロオロしていたのでゲイリーが熔見の近くにいたら安全だぜと言われたので彼女は何も言わずに彼の方に向かった。
テロリストと呼ばれた当の本人はそんな事はあまり気にせずタブレットとノートパソコンとコード類を全て一つのバッグに詰め込みながらそろそろかなーと余裕に満ち溢れていた。
「脅しじゃない。これ以上余計な事をするようなら撃つ」
「鈴音ちゃんの安全確保の方が優先だろ?それに嬢ちゃんの前で発砲するのか?」
「んー……まあそれもそうだな」
「だろ?」
「素手でなら、大丈夫だよな?」
「違う。そうじゃない」
ゲイリーはバッグを持ち上げ、くそ重いなと呟きながらもベルトを肩にかけて左手で自分のポケットから先程机の上にあったものとは違うタブレットを取り出して操作しはじめた。
「…何をやっている?」
「んー。目当てのものなかったし隠れ家もばれたし爆破準備」
「……は?」
聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。熔見は嘘だろ?とゲイリーを凝視するが、もっと驚いているのは鈴音の方だ。
「この廃墟。爆破させる。OK?」
「んなわけねぇだろ!鈴音の安全確保が優先っつったのお前だろ!?」
「お前の力があれば助けられるだろ。俺をここで逃して嬢ちゃんを助けるか、嬢ちゃん見捨てて俺を捕えるか」
爆破させる理由は目当てのものがなかった以外に何者かが侵入してきた時、逃げるために用意してあった物と考えることも出来る。もし何も起きなかったとしてもゲイリーは爆破するつもりではいたのだろう。
「選択肢は無い。爆破する前にお前と部下を捕まえて鈴音も助ける」
「うんうん。流石WTSの主戦闘員。だが、それは無理な―」
ガゥン!!
まだ話の途中、ゲイリーの部下が何を思ったのかいきなり熔見に向かってガバメントの引き金を引いて発砲した。
その発射の予備動作に一瞬で気がついた彼は鈴音を両手でハグするように抱きしめ、真横にあった扉をタックルして無理矢理バスルームへと入ってその銃弾をかわした。
「きゃあぁぁぁぁあ!?」
「いきなり抱き着いたことは謝る」
「いや、それはそうだけど、そうじゃなくて!」
無理矢理突撃したせいで熔見が下で鈴音が上で大理石の床に倒れ、熔見は鈴音の安否を確認するとすぐに体制を立て直しそのまま伏せておけと彼女に指示を出し、デトニクスのスライドカバーをコッキングして弾を装填する。
「おい。撃つなと言ったろ!」
「会話パートが長すぎます。これじゃ皆飽きますよ」
「誰目線なんだよ!!」
ゲイリーの忠告に部下は耳を貸す事なく、壁一枚向こうにあるバスルームに向けて数発撃つ。
弾は壁を貫通してガラスに当たって破片が飛び散ったり壁の大理石が砕けたりはしたが誰に当たる事もなくガバメントのマガジンに装填してあった弾は撃ち尽くした。
だがそれで終わろうとせず、部下はマガジンを地面に落とし腰のポーチにある予備マガジンをガバメントに装填した。
「おい!」
流石にこれ以上やって鈴音に被弾したり熔見が死んだらゲイリーにとっては不都合な事になるので止めさせる為に部下の肩を掴んでぐいっと引っ張る。
「何のつもりだ!」
「彼は敵ですよ?だというのに悠長に会話をして…手間を取るだけです」
「俺には考えがあるから指示を出した時以外は発砲するなと初めに言ったはずだ!」
「…ハァ。だから面倒なんですよ」
部下はため息をついてそう呟くとバスルームの方に向けていたガバメントの銃口をゲイリーの眉間へと変更した。
「……裏切る気か?」
「いいえ?最初からあなたも撃ち殺せという命令です。勿論死んだ三人も私と同じ理由で派遣されてました。やつを殺した後に、の方が楽だと思ったんですが…あなたから先に殺しましょうか」
「どういうつもりだ…!」
「だから命令ですって」
「ゲイリー!!」
その声のした方…バスルームの入口に部下とゲイリーは目を向ける。そこにはデトニクスを構えている熔見がいた。そして彼は戸惑う事なく引き金を引く。
「ぐっ!?ってぇ…!」
それは正確に部下の頭を貫き、もう一発はゲイリーが手に持っていたタブレットに命中して砕け散った。
「部下もいなくなったし、これで爆破は出来ないな」
「おいおい。ついでに、みたく端末壊すんじゃねぇよ」
熔見はもはや何が起きているかわからなくてしどろもどろしている鈴音をバスルームに待機させ、デトニクスをホルダーに戻してゲイリーに近寄る。
「だが助かったぜ。今の状況なら俺を殺すことも出来たはずだが?」
「鈴音を保護してもらった件もある。貸し借りはこれでチャラってことでどうだ」
「ほう。気前がいいじゃないか。だがすまないな。俺は今すぐこの場を去る。改めて、また会おうぜ」
「どうしてそうなる!貸し借りはなしだが、テロリストを逃がすわけには…!それに爆破用の端末は破壊したぞ?」
「まあそうだが…予備もあるって、思わないか?」
そういうとゲイリーは素早くポケットに手を突っ込んで中に入っている小さなボタンを押す。すると至る場所からピーっという機械音が鳴り出した。一階から四階まで。この階以上は放って置いても下が崩れれば勝手に全てが崩壊するだろう。
その機械音が鳴りやんだ直後、爆音と共に足元がぐらつく。仕掛けていた爆弾が下から順に爆発してきているのだ。
「くそ!ぬかった…ゲイリー!」
流石の熔見もいきなりの地響きにバランスを崩され思わずベッドに手をついた。
そんな中でゲイリーは!?と先程いた方向を見てみるとおらず、壊れた窓の縁に立って上の方から垂れてきている梯子につかまっていた。爆音の中にヘリコプターの羽音が聞こえる。恐らくはゲイリーを回収しにきたのだろう。
「鈴音ちゃんは任せたぜ!」
ゲイリーはそう叫びながらヘリコプターに乗り込みこの場から立ち去る。残されたのは熔見と鈴音の二人だ。
「爆破とか面倒なんだよなぁ…」
熔見は体制をなんとか持ちこたえつつ、当然ながら爆破の揺れで倒れてしまっている鈴音を抱きかかえ何も言わず助走をつけてゲイリーが逃げ出した窓から飛び降りる。
「あぁぁぁあぁぁあ!?」
いきなりの出来事に鈴音は思わず半泣きになりつつ叫んだが熔見はそれをうるさいと言って静かにさせた。
幸いにも廃墟の建っている周辺は草むらだったので何事もなく着地出来た。いや、熔見が綺麗に着地したお陰で何事もなかったのだ。
そして走る。鈴音はまだ抱えられた状態なのだが熔見の走る速さが異常なまでに速く、あっという間に廃墟から離れた。爆音が更に大きくなり、鈴音を降ろし振り返ってみると廃墟が原型を保つ事なく崩れていく珍しい様子が目に飛び込んできた。
彼女はこの様子に足がすくんでしまい地面に降ろしてもらった時がくっと座り込み立てなくなってしまった。
ここまで唐突で、そして一瞬にして事が進んだので何が起きたのかわからないといった様子で瓦礫の山を呆然と眺めながらそう呟く。開いた口が閉じていなかった。
「…何なの」
「なにが?」
それに比べて熔見は怠そうに、そして余裕そうに返答する。息は切れておらずポーチやホルスターから落としたものはないかと探って確認していた。幸いにも何も落としものはなかったようでふぅっと息をついて安堵する。
「だから、なんで熔見君がこんな…後廃墟とかも…」
「あー…教えてほしいか?」
彼は少し笑いながら聞くが、鈴音は少しも面白くないと思っていた。この反応が当たり前だ。こんな危険な目に合って、ふへへへ実は私もう一回体験したいんですと言い始める人の方が普通じゃない。寧ろそちらの方がゲイリーよりも危険視するべきだ。
彼は教えなきゃダメなんだろうなぁと鈴音に聞こえないよう呟いて、少し待ってくれと耳に付けている小型の通信機に手を添えて腕時計型の端末を操作し、状況を確認しながら再度通信を再開させた。
「すみません、ボス。ゲイリーを取り逃がしました」
鈴音はその場から動く事なく大人しく言われた通りに待つ。何を言っているかわからねぇと思うが俺にもわからねぇ状態で、もはやコンクリートの瓦礫の山となって砂煙を上げている元廃墟を見ながら呆気に取られていた。
「…了解です」
鈴音の為に手短に事を終わらせてくれたのか、数分も掛かることなくすぐに回線を切って腕時計型の端末の操作も終了させた。
「それで?何から知り…っと。騒がしくなって来たな。すまない鈴音。ちょっと場所を移動する」
というのも、廃墟が崩れたのを見た市民が警察や消防に電話したのだろう。パトカーや消防車のサイレンが遠くの方からこちらに近づいてくるのが聞こえてきた。
熔見達のいる場所とは反対側の道路には既にやじ馬が沢山来ており、家の窓や玄関口から家族総出で覗いている人もここから何人も見える。
「わかった」
それだけ言うと熔見に手を貸してもらい、まだ力の抜けた足でなんとか立ち上がる。そして熔見の後をついていき、彼が廃墟に入る前に準備をしていた物置裏に置いておいたアタッシュケースを拾い上げてその場を後にした。
一方でゲイリーは迎えのヘリの後部席で首をポキポキ鳴らし、怠そうに誰かと通信回線で会話をしていた。
それはゲイリーの私物ではなく、ヘリに常備されているヘッドセットでの通信だ。
「貴様から派遣された部下…あれが裏切った。いきなり発砲されちゃあ堪ったもんじゃねぇ」
『そうかい。それで君は何故生きているんだい?』
「その言い方だと、俺に死んでほしかったのか?」
『…』
「まさかUSB探しは建前で、本当はボスであるお前が熔見と俺を殺すために部下を派遣したんじゃないのか?」
『本当にまさかだね。僕だって例の設計図を探しているんだ。情報収集をする人数は多いほうがいい。何か手違いがあるとすれば、それは裏切った部下だけだ。こっちの方でも調べてみるよ。君と僕の関係はビジネス。目当ての物を見つけ次第それ相応の報酬は用意するさ』
「……そうか。ならいい。またかけ直す」
電話を切り、それをヘリ内にいる相手側の部下に返す。ならいいと肯定で答えたが気になる。
(物探しの目的が同じとはいえ、やはり見知らぬ人間とビジネスを交わすのは面倒事が起きるな…手を組むなら、行動するなら『あいつら』の方がいいってことか…)
ヘッドセットを外して助手席に座っていた部下に渡し、流れていく外の風景を眺めてアレコレ考える。
「すまないが国を出る。準備するぞ」
パイロットにそう指示すると、彼は何も言わず軽く頷き付属のナビゲーションモニターを操作して日本国内ではなく目的の場所へと変更し次の場所へと向かう。
(…受ける時から考えてはいたがこの件。何かありそうだな)
2nd mission 黒氷砂糖 @B-I-SUGAR
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