ライフ・サイクル
みやふきん
第1話
あの飛行機事故の時、あたしは見たの。闇のなか階段を降りて行くと大きな扉があって、そこには蝋燭が無数に並んでいる道がある。道を進むと青い光の群れが見えた。光の正体は青く光る薔薇園。その中に両親の後ろ姿が見えた。追いかけようとして黒いマントの大男に阻まれた。
「きみはまだ行けない。これをあげるからお帰り」
そう言って黒いマントの大男はやさしく頰にキスをした。そして手を引いて扉まで一緒に階段を上った。そっと背中を押してくれて、あたしだけが光あふれる扉の向こうへと歩きだした。
ずっと死のうとしていた。でも死ねなかった。死ねないから生きているだけだった。
二度と会えないと思っていたあの人をまた見かけるようになったのは最近で、新しく仕事を始めてから。あたしの特異体質を見抜いた助手のノンちゃんが現れてからのこと。瀕死の人の死と引き換えにあたしは一日だけ死ねる。そしてあの人を見かけることができる。でも連れて行ってはくれない。少しでもあの人に会いたいからあたしは仕事を引き受けて時々死んでは生き返っていた。
めずらしく仕事が途切れて、街へお出かけしてみたけれど、何も楽しくなかった。家に帰るといつも出迎えてくれるノンちゃんの声がしない。西日の当たるサンルームでノンちゃんはロッキングチェアに座って眠っていた。すぐに目を覚ますと思っていたのに、夜になっても起きてこないから、ぐっすり眠るノンちゃんの頬をつねろうとして異変に気づいた。呼吸が止まっていた。
いつもとは違う状況。もうダメかもしれないけれど、試す以外の選択肢を思いつかなかった。自分の特異な能力が発揮されるのを祈った。けれど何も起こらなかった。いつものように目の前が真っ暗になり意識が遠のく感覚は訪れない。
自分はどうなってもいいから、力をください。ノンちゃんのだらんと垂れた冷たい手を握りしめて祈った。
夜明け前、南の空に細く赤い月が沈む。
握りしめていたノンちゃんの手がわずかに動いた気がした。慌てて顔を近づけて呼吸を確認する。確かなリズムが刻まれていた。
名前を呼んで激しく体を揺さぶるとノンちゃんは目を開けた。
「よかった!死んだかと思った」
あたしの言葉にノンちゃんは冷静に返事をした。
「死んでいたんだよ。正確には今生きた」
そしてひらめいたとばかりに目を輝かせて言うのだ。
「客として依頼します。今から自殺するから死にかけたところで、死を引き取ってください」
ノンちゃんはロッキングチェアから立ち上がり、戸棚から丈夫な縄を取り出してきてそれを輪にした。
「知ってますか?自殺で手っ取り早いのが何か」
そのままノンちゃんは脚立を片手にベランダへ出た。
「なんで?今生きてるんなら、なんでまた死んで生き返る必要がある?」
あたしの言葉にノンちゃんは振り返ってにっこり笑った。
「僕はいつも死んでるんだ。たまにしか生きられないんだ。いつも生き続けたい。あなたはいつも生きているからこそ死ねるんだよ。逃げられるんだ。僕には逃げ場はないんだ。希望になんてできないんだ。どうしてあなたは死にたいなら自殺しないの。人の死を引き受けるのは役に立ちたいからなの?なんの役にも立てない僕とは真逆だね。
そんなに死にたいなら僕が殺してあげるよ。これはそういうことでしょ?」
ノンちゃんは輪の中に、そして脚立を蹴った。
あたしはいつも通り革の手袋を外して相手の手を握った。目の前は真っ暗になり、遠のく意識。これでノンちゃんは生き続けられる。
闇のなか、階段を降りていた。大きな扉の前までやってきた。力を込めて扉を押すと、ほのかに揺れる蝋燭の光。そよ風に火影がゆれる。少し歩くと青い光が浮かび上がった。
待ち望んでいたあの人が現れた。青い薔薇の花束を抱えて。
「くれるんでしょ、それ」
「さあ、行っておいで。よき旅を」
fin.
ライフ・サイクル みやふきん @38fukin
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