戦車の楽園とシャーマン・ラブ
七佳 弁京
第1話
第一章
オレはM4A1シャーマン・75mm砲搭載型、見てのとおりの戦車だ。通り名はオクサカ・ユウキ。
シャーマンは大量生産に適したように設計され、ポンポンと造られては戦場に投入された。しかも燃えやすいので、戦場のストーブと陰口をたたかれている。このままではオレも敵さんのティーガー戦車を撃破するべく、囮として88mm砲の眼前に投入され、パッと燃えること必至である。オレの残骸が戦場を暖めているあいだに他のシャーマンがノコノコとティーガーの後ろに回り込み、薄い後部装甲とエンジンを撃破、司令部は作戦成功と喜ぶ。
オレもついこの前までは、それが運命、散ってこそシャーマン、それこそが戦車生! と思っていた。
だがオレの運命を変える出来事があったのだ。そうだ、あれこそが運命だ。
オレがいつものように対ティーガー戦に投入され、同僚戦車の心温まる炎が戦場を照らし、ティーガーの意地の悪い88mmがオレに向けられた。砲塔の旋回速度は遅いくせに、オレが最高速度をだしても振り切れない悪夢のような瞬間、ティーガーの動きが止まった。オレは敵さんの計略だと思いこみ、なおも走り続けるが、しかして様子がおかしすぎる。ティーガーが煙をあげているではないか。
オレはおそるおそる停まり、ティーガーを凝視した。
そして見た、どてっぱらに孔。徹甲弾が貫通した孔。撃破、撃破、撃破。オレは救われたのだ!
オレは燃えるティーガーはほっといて救世主を探した。おお、一キロも先にシャーマンがいるではないか。それもオレの75mmよりもはるかに長い砲身をもっている。あのシャーマンこそがオレの救い主なのだ。
オレは助けてもらってお礼のひとつも言わないような恩知らずではない。だが近づくにつれて、当のシャーマンが桜色に藤色のシマウマ迷彩をしていることに気づいた。オレの鋭い感性は、色気を感じたね。
あれは、ひょっとして雌戦車?
説明しておこう、戦車発祥のとき、戦車には大砲を装備した雄戦車と機関銃だけを装備した雌戦車があった。雄と雌は協力しあって戦場を戦ったものだ。
しかしそのうち雄戦車も機関銃を装備するようになり、雌雄の区別があいまいになった。それに戦争が終わり、金のかかる雄戦車は少なくなり、タンケットと呼ばれるちっこい雌戦車が圧倒的に増え、雌雄のバランスがくずれてきた。
そこに雌雄同権論車が出てきて、まくしたてた。
戦車には、自分で雌雄どちらにでもなれる権利がある!
つまり、大砲を装備してても、雌と思えば雌、機関銃だけだろうが、雄と思えば雄。いつのまにか、それが通ってしまった。いいかげんですなあ。
それで問題になったのが、恋愛感情だった。戦車といえども雌雄があれば、恋愛はする。敵さんの戦車とも恋愛して、脱走するヤツまででる始末。司令部はどこぞのアイドルグループみたいに恋愛禁止令を出してるが、守られるはずはない。
実はオレはモテる。それはいいのだが、変な戦車にモテるだ。この前も、ゴリアテというチッコイ敵さん戦車にモテて、困った。さいわいゴリアテは自爆してくれたからいいようなものの、あんなのにまとわりつかれたら昇進にひびく。
オレは用心しながら救世主に近づいた。一方的にモテたときは全力で逃げる用意もした。しかし相手も同じシャーマン。果たして逃げきれるか・・・。
「こんにちは」
近づくオレに鈴のような声で挨拶するシャーマン、やはり雌戦車だ。
「お怪我は、ありませんでしたか?」
オケガ? ひょっとして、弾がかすったとか、装甲の破片が当たったとかを心配してくれている?
なんて優しい戦車なんだ。この戦車は女神様だ。そうだ、絶対に違いない。
そのときオレは惚れた、一目惚れ的に惚れた。
オレの戦車生は、この戦車と出会うためにあったのだ、そうだ、そうに決まっている!
司令部の命令? そんなの、知ったことか。いざとなれば脱走して《戦車の楽園》に行けばいい。そこではあらゆる戦車が、軽戦車も重戦車も自走砲も列車砲もが撃ち合うこともなく、平和に暮らしているという。むろん戦場伝説に決まってるが、オレの都合では真実になる。
とはいえシャイなオレの、さらにシャイなエンジンがゴトゴトいいだした。
「あら、お加減でも悪いのかしら?」
「いえ・・・えーと。素晴らしい主砲ですね。キルマークもたくさんありますね」
とっさにごまかすオレ。
「新開発の17ポンド砲ですのよ。口径は76.2mm」
うーむ、オレの砲より1.2mm大きいだけなのに、一キロ先からティーガーの側面装甲80mmをブチ抜くとは。技術の発展おそるべし。
いやいや、それよりも大切なことがある。
「あのーお名前を聞かせてもらえないでしょうか?」
「シャーマンⅤC・ファイアフライ。通称ルリコですわ」
「ルリコさん! 素晴らしい名前ですね」
「それほどでもなくてよ、ホホホ」
「それでお暇でしたら、デートのひとつやふたつでも・・・」
「今は無理ですわ」
あーあ、そうだよ。どーせオレって、砲身短い75mm砲だし、鋳型に鉄を流し込んで造った丸っこい鋳造車体だし、そのくせ大量生産に向かないってんですぐに廃止されたし。
「持病の癪がぶりかえしまして、後ろのサスペンションの具合が悪いんですの。17ポンド砲の反動のせいかしら、すぐに調子が悪くなるんですのよ」
「あそうなんですか最新兵器は大変なんですね」
「そのうちブラックプリンスやもっと最新のセンチュリオンに取って代わられるんじゃないかって心配で。ほら、戦車ってすぐに飽きられるじゃないですか」
「いえ、あなた様ほどの美人なら、飽きられるなんて、ありえません! オレが保証します」
「ルリコって、呼んで」
「ルリコ・・・さん」
「さん、は無しで」
「ルリコ・・・」
そのとき、運悪く無線が鳴った。ルリコさんは無線にでてしまい、無線が終わると言った。
「いけない、二四○○時までに、お城にいってティーガーをしとめないと。またね・・・ええと?」
「オクサカです、M4A1シャーマン、オクサカ・ユウキです!」
「またお会いしましょうね、オクサカ・ユウキさん」
そう言い残して、桜色のルリコさんは走り去っていった。
第二章
基地に帰投したオレは、車内が桜色のまま、次の作戦に駆り出された。
森をこっそり抜けて、敵さんの秘密工場を襲撃し、開発中の新鋭戦車を破壊するというのはいいとして、作戦名はネズミ捕り。アホみたいな作戦名のくせに二個小隊八両のシャーマンが出動するという、司令部の無能さをさらけだすような作戦だ。
ま、オレ様がでればチョチョイのチョイ。暗い森を無灯火走行して立木にぶつかりそうになり、無線封鎖でおしゃべりは禁物、夜明け前に森のはしっこに秘密工場が見えたときも、オレは楽観しきっていた。
そりゃあオレだって、敵さんの秘密工場前にある走行試験場に残された履帯の踏み跡がミョウに広いなあ、とか試射後の装甲板の孔がミョウにでかいなあ、とか警備の車両がミョウに多いなあ、とかは気づいていた。
だが。なんせオレは恋をしている、恋する戦車は無敵、たかがネズミなどに負けるはずがない。
秘密工場の扉を突き破って突入すると、そこにはバカデカい戦車。車体だけで11mはあるんでないかい。そして車体後部にあるデカい砲塔には、デカい砲と中ぐらいの砲が仲良く並んでいる。
オレたちは沈黙した。
刑事ドラマでもないのに、やたらとデカがあることに、ではない、話が違うのだ。ネズミと言っておいて、エレファントよりもデカいじゃないか。
だが、僚車によって、沈黙は破られた。
「見ろよ、あいつ、真っ赤っかじゃねえか」
そう、そいつは赤い。別に赤い彗星ではない、物資が乏しい敵さんは錆止めのオキサイドレッドは塗れても、その上にダークイエローを塗るだけの塗料がなかった、というわけだ。
この瞬間、オレは勝ちを確信したね。やっぱり物資不足、砲弾だって無いに決まっている。
オレだけでなく、他の車両もそうだった。隊長車が油断するな、とか敵はデカいぞ、とか言っても無駄だった。そして赤い、とせせら笑った僚車はノコノコ前進した。
と、そこにキンキン声が響く。
「あたしは、赤くは、あ・り・ま・せ・ん・!」
僚車のどてっ腹を砲弾が貫いた。一瞬の後、爆発ふたつ。
はっ? はっ? はっ? て感じだったね。真相はこうだ。
僚車は串刺しに貫通され、後ろにいた隊長車の正面装甲も貫通して、両車両とも搭載弾薬が大爆発。
そりゃシャーマンの側面装甲は厚さ38mmしかない。それでも左右合わせりゃ76mm、正面は50mmで足して126mm。鋳造装甲だからちょっと弱いけど、126mmは126mm。それをいとも簡単に撃ち抜くなんて・・・敵さんの主砲はいったい何ミリだ? 敵さんがよく使うのは、有名な88mm砲だが、ひょっとしてそれ以上?
オレが驚愕しつつも冷静に分析しているあいだに、敵の主砲は次々にシャーマンをぶち抜く。シャーマンも撃ち返すのだが、敵の装甲にことごとく跳ね返される。あっちこっちで爆発炎上するシャーマン。
「あ、しまった。75mm砲にするんだったっけ」
どこからか独り言すら聞こえる。
「シャーマンは軟弱だから、128mm砲弾はもったいないから使うなって言われてたの、忘れてたっけ。テヘッ」
なにがテヘッだ。そして赤い敵は余裕こいて七両目を副砲でしとめ、オレに砲身を向けた。
ああ、あの128mmがオレをしとめる。オレの正面装甲50mmなど、128mm砲の前ではペラッペラの紙同然、指でつついても破れてしまう。
こんなときこそ、救いの女神ルリコさんにいてくれたら、17ポンド砲の零距離射撃で、後ろを撃ち抜いてくれるのに。
ああ、もっとルリコさんと仲良くしとくんだった、会った直後に脱走駆け落ちして、戦車の楽園で二両平和に暮らすんだった・・・。
後々で 悔やむ前に まず脱走
オレが辞世の川柳をよんでいる、そのときだった。
「ユウリン!」
聞き覚えがある甲高い声が敵戦車からする。しかもユウリンという呼び名にも覚えがある。
「あ・た・し・の・ユ・ウ・リ・ン・みっけ! あたしに会いにきてくれたんだね!!」
「アタシ?」
「あたしよ、ウリウリよ」
そのとき、オレは悟った。
この赤い戦車、こいつは極小自爆戦車ゴリアテ、自称ウリウリの生まれ変わりなのだ、と。
ここで戦車の生まれ変わりについて説明しよう。
戦車は高価で、しかも頑丈だ。破壊されても回収しては修理されて、再び投入される。それはいい。だが、破損がはなはだしいと、そのトラウマで記憶が消える。そして本車両的には、新しい戦車になったつもりになる。ところがなんかの拍子に、前の記憶がよみがえるんですなあ。それを転生って呼んでるわけです。
だが。自由転生主義車という余計なやつが現れて話がややこしくなる。
いわく無限軌道を持つ車両には、好きな前世を持つ権利がある、とぬかしやがった。しかも勝手に決めた前世の車両になれば、その記憶も持てる、と大ボラを吹いた始末。
ところが嘘からでた真とかで、本当にそうなった。かくして戦場には前世が流行った。なんていい加減な設定だよ!
そもそもウリウリとの出会いだって、デタラメなのだ。ゴリアテは誘導索で誘導されて自爆する、という、主体性のかけらもないヒモ付き自爆戦車。ところがヒモが切れて、動けなくなる車両も多い。
ウリウリもそんな一両だったが、たまたま通りかかったオレが、戦利品としてぶんどったのだ、ここまではいい。
だがウリウリは、自分は助けられた、と勘違いして、オレにまとわりつく。やっかいなことにヒモが砲塔基部にからまり、自慢の高速旋回砲塔が回らなくなった。それをいいことにデレデレするウリウリ。
「ユウリンったら、優しい」
だの、
「ユウリン、デートしようよ」
だの、
「一生、ユウリンに付いていくね」
だの、
「ユウリンの子供が欲しい」
敵さんの極小ヒモ付き自爆戦車と中戦車で、子供が造れるか! 造れたとしてもブレンガン・キャリアぐらいの豆戦車だろ。
だいたいゴリアテというヒモ付き戦車のくせに、パンダみたいな名前を名乗ってオレにまとわりつくのがケシカラン。
困ったオレは一計を案じ、ウリウリが妄想に耽っているあいだに自爆装置を起動させたんですなあ。
いやあ、100キロの爆薬の爆発はすごかった、でもこれでウリウリとは永久におさらば。
それなのに。そのはずなのに。ウリウリが転生するなど、まさに言語道断。
・・・ウリウリめ、ゴリアテではオレを口説けないので、巨大強力赤色戦車に転生することにしたな。
この窮地 冷静分析 オレ天才。
そしてウリウリはオレの嘆きをよそに、とんでもないことを口ずさむ。
「ねえ、ユウリン。今すぐ脱走して、戦車の楽園で、永遠に愛をはぐくもうよ、ね」
赤い戦車の頭のなかは、どピンクに染まっていた。
第三章
むろんオレは、ウリウリと脱走するつもりも、ウリウリと永遠の愛をはぐくむつもりもない。そういうのはルリコさんとのためにとっておくのだ。だが、オレの純情はウリウリには関係ない。
思い込み・妄想・強引。これぞウリウリのすべて。ゴリアテ前世のときも手こずったのに、巨大戦車になってからは、手がつけられない。ちなみに巨大戦車はマウスというそうだ。どうりで「ネズミ捕り」などというふざけた作戦名が付けられるはずだ。
それにこのマウス、六十年くらい先に流行するハイブリッド方式、ガソリン・エンジンで発電、モーター駆動はいいとして、はっきりいってこの時代は技術的に未熟。故障が多い。
すぐに休もうだの、暑いだの、オーバーヒトしただの、銅が少ないから、モーターが弱いだの、うるさいこと。
だいたい近頃の敵戦車は重すぎるから、足まわりに負担がかかるんだよ! 装甲ダイエットしろダイエット。
しょっちゅう故障する未熟戦車、それも最高速度はたったの20キロに付き合わされるオレの身にもなってみろ。
ん、まてよ。
オレはなんでこんなデカい敵戦車と走ってるのでしょうか。駆け落ちかぁ? いや、違う、これは捕虜という。
なんということだ、オレは知らないうちに捕虜になっていた。しかも頭のなかどピンクの色ボケ戦車に。しかもウリウリは捕虜を取ったのにも気づかず、ジュネーブ条約を無視して、デートだの脱走だのとほざいている。
しかも。オレが逃げられないのには、訳がある。
いつのまにか、ウリウリはオレにヒモをくくりつけていたのだ。赤いウリウリは『起動輪の紅い糸』などと称しているが、オレには牽引用ワイヤーにしか見えん。
あーあ、オレって不幸。どうせシャーマンは大量生産・大量投入・大量消耗、オレが撃破されても、代わりはいくらでもいるし。
いっそ、オレも転生しようかな。来世はメーザー装備の列車型自走臼砲なんかがよかったりして。そうなれば皆が誉めてくれるし。
いや、それは別の物語だな。ここはオレらしく一句。
来世は きっとなるぞ 重戦車
90mm砲の徹甲弾ゼロ距離射撃で、マウスの正面装甲を貫通してやる!
第四章
「あらあら、仲がよろしいんですね」
柔らかな声がする。そこにいらっしゃるのは、シャーマンⅤCファイアフライのルリコさん。
お、まずいとこを見られた。まるでオレがウリウリと仲良しさんみたいではないか。この時代、まだストーカーという言葉は、密漁車という意味にしか使われていない。そういう時代に、オレと雌戦車が牽引ワイヤーでつながってるのを見たら誰だって『この二両はラブラブ!』と思うに決まってる。
ヤバい、じつにヤバい。ウリウリが勝手に思いこんでいるのなら、戦場知らずの試作戦車の妄想よ、と決めつけられる。川柳にすれば、こうだ。
128 mm砲あっても 試作品
しかし。砲身にキルマーク付きのルリコさんがそう思ったら、オレとウリウリの仲は既成事実になってしまうではないか!
え、そんなはずないって? いや、ここは人間界ではない、戦車が覇を争う戦界なのだ、そういう不条理もまかりとおってしまう。
なんとかしなければ。オレは一計を案じる。
ルリコさんは美車で、ひょっとしたら嫉妬深いかもしれない。そう、ルリコさんの嫉妬心を燃え上がらせ、強力な17ポンド砲で、正々堂々ウリウリ・マウスの薄い後部装甲(たった100mmだぜ)をぶち破って、撃破!
いや、待て。ルリコさんは優しい。オレの窮地を看過出来ない。それを利用して・・・。
なんとおそるべき奸計、オレって天才。
「助けてください、オレ、ウリウリに拿捕されたんです」
「ち・が・い・ま・す・! デ・エ・ト・で・す・!」
いちいち点々をつけるな、変換しづらい。
「まあ、仲がいいんじゃないんですの?」
「拿捕です」
「超ラブラブですよーだ」
「結婚のご予定は、いつかしら?」
おいっ!
「戦車の楽園に着いたら、すぐでーす」
ルリコさんは、にっこりした。
「それは、けっこうですね」
「嘘です、結婚しません、こんな戦車とは」
「まあ」
「ユウリンは、自分の気持ちに正直じゃない!」
「そうですわよ、オクサカ・ユウキさん。ご自分を大切にしないと」
「気持ちに正直になれっ!!」
「なってるって、このクソアホ色ボケ戦車。だいたい真っ赤っかで戦場にでるやつがいるか!!」
「ひっどーい、ユウリンって、そんなこというんだ」
「オクサカ・ユウキさん。汚い言葉をしゃべると、女の子に嫌われますわよ」
「そうですよーだ、ユウリンなんて嫌ってやるから」
「そうなったら、わたしも嫌ってしまいますわね」
ん、なんかおかしいんでないかい。オレとルリコさんはラブラブ。ウリウリは思い込みが激しい敵戦車。これはいい。
だが。シャーマンⅤCとM4A1は味方どうし、シャーマンどうし、堅い戦場の絆で結ばれた同盟戦車、共同で敵のマウスを撃破するべきなのに、状況的にルリコさんとウリウリが仲良くオレを口撃してるようにみえるのは、気のせいか?
いやいや、気のせいではない。とすると・・・
まさか。ルリコさんは・・・二股かけてる!
いや、清楚なルリコさんを疑ってはいけない。きっと、深い訳があるに決まってる。
「ルリコさん、教えてください。これには深い理由があるんでしょ? そうでなければルリコさんがオレとウリウリ・マウスの仲を認めるはず、ないですから」
「ユウリン、なーにゆーんですかあ!」
と、沈痛な面もちのルリコさん。17ポンド砲も俯角いっぱい下がっている。
「そうね・・・いつまでも秘密にしておけるものでもないですしね・・・」
え、本当にあったんですか、深い理由。
「じつはわたし、好きな戦車が出来て、でもどうしてもその戦車と添い遂げられなくて・・・駆け落ちしてるんですの」
ちょ、ちょっと待った、これって想定外。
「戦車の楽園に行けば、どんな戦車とでも添い遂げられると聞いて。ねえ、あなた」
と。と。と。ルリコさんの後ろから重々しい履帯の音が。もしや・・・。
オレの悪い予感は当たった。そこには敵さんの重戦車の巨体が。
しかも。
超カッコ悪い。
異常に高くて、デカい戦闘室。
のっぺりぺりぺりして、生意気に傾斜している正面装甲。
だが、それ以上に異常なのは、正面にあいたデカい穴。
355mm砲でぶち抜いたみたいな巨大さ。正面装甲の穴は不吉の代名詞、見てるだけでトラウマになりそう。
よく見ると、穴は穴であって、穴でない。極太極短の砲身なのだ。
オレは確信した、こんな砲身を持つ戦車は変態に決まってる!
「俺はシュトゥルムティーガーの破流華だ」
変態戦車は生意気にも自己紹介した。
破流華だとう? こんな変態戦車に、ルリコさんが・・・惚れた?
ウソだ、ウソだ、ウソだあー!!!
「あたし、初めて戦場に出たとき、怖くて怖くて。思わず1000ヤードから徹甲弾を撃ったら、ティーガーさんを撃破しちゃったんです。正面装甲破って、バババババーって。
でも、それから罪の意識に苦しめられて。あのティーガーさんにも家族や友人がいて、家ではいいパパさんだっただろうなって。戦争とはいえ、なんて残酷なことをしたんだろうって」
「いえ、戦車に親兄弟はいないですから。それにティーガーは生産数も多くないから、きっと友達いない系です」
「ユウリン! いい話なのに、水ささない!!」
「そしてこの前、出会ったんです。わたしが撃破してしまったティーガーさんが転生した戦車に」
また、転生ですかいな。ろくでもない設定!
「ああ、この戦車を助け、ともに生きるために、わたしはいるんだなって実感しました。それがわたしの新しい戦車生です」
「あ、そこはオレと一緒」
「ユウリン、一緒のはず、ないでしょ!」
「そして二両で戦車の楽園で暮らすことにしたんです」
おおー、ルリコさん、その気持ちは分かる、よーく分かりますよ。
でも。納得がいかないところがひとつ。
どーしてオレでないの? どーして変態戦車なの?
オレもルリコさんもシャーマンどうし。大量生産・大量投入・大量消耗される戦場のストーブ。でもだからこそ、戦場のストーブどうし暖めあう、それが戦場の愛、シャーマン・ラブじゃないですか。
それを敵の変態戦車との愛だなんて・・・どう考えてもヘン、戦車の神様は、なにを考えているんだあ!!
だがここで戦車の神様の啓示がオレに舞い降りた。
それは、この変な事態が発生した理由と打開する唯一の策だった。
第五章
理由はこうだ。
戦車はだいたいがエンジンはひとつ。強力なエンジンひとつあれば戦車は動く。エンジンこそは戦車の心臓部であり、戦車の心。
だが、大量生産となると、微妙。大馬力・小型・高信頼のエンジンは造るのが大変、車体よりも大変。
それで誰かさんが考えたんですなあ。
簡単に造れるトラック用の80馬力エンジンで代用すればいい。400馬力あればシャーマンは動くんだから、
80 × 5 = 400
五つを連接すればいいだけ、簡単じゃん。
そして出来たのがM4A4シャーマン、またの呼称をシャーマンⅤ。つまり、ルリコさん達。
その結果、M4Vは五つの心を持つようになったのだ! たぶん、きっと、おそらく、そうだ。けっして作者のいい加減な設定のせいではない。
五つの心のひとつにオレへの愛があるのは当然として、別のひとつに変態戦車への愛が混入してしまったのだ。
つまり。変態愛エンジンをまっとうなエンジンと交換すれば、オレへの愛で満ちみちるはずである。どうせトラックなんて、何十万台もある。エンジンのひとつやふたつ、どこにだって転がっている。
注意するのは、交換したエンジンに変態愛が混入しないこと、同車種のシャーマンを愛する純正エンジンだけにすること。この企みをルリコさんはおろか、思い込みウリウリや恋敵の破流華に知られないこと。なんと困難なミッションだ。
だが。
シャーマンのトランスミッションは優秀だ、シンクロナイザー内蔵でギヤチェンジも楽々、信頼性が高くて、整備も簡単。
前世紀に設計された75mm砲がショボくても、車両として優秀だからこそ、傑作兵器なのだ。だから敵さんよりも強い、総合的にはだが。
そう、この困難なミッションを成功させ、ルリコさんとゴールインを果たせるのは、優秀なトランスミッションを備えた傑作戦車M4A1シャーマン、オクサカ・ユウキ以外には存在しえない。
それには、兵法の教えを実践すればいい。
敵を騙すには、まず味方から。
敵とはむろん、ウリウリと破流華。
味方はルリコさん。
ルリコさんを騙すのは忍びないが、ルリコさんだってオレと添い遂げるのがいいに決まっている。
それには。
まずは三両と同道して、戦車の楽園を目指す。
そして、それからは・・・臨機応変に対応する。どうせ戦場では状況は刻々と変化する。そこが戦場知らずとキルマーク付きの違いさ、ハッハッハ。
あ、オレはキルマーク描くほどの戦果、あげてないけど。
話は決まった、オレはなんとなく戦車の楽園に同道する。しかし真の目的は、ルリコさんのエンジンを交換し、シャーマン・ラブを完璧にすることなのだ。
「オレ、駆け落ちします、戦車の楽園でウリウリと結婚します!」
「うれしい、ユウリン!」
ウリウリが砲塔を後ろに向けて、128mm砲がもろ、オレを向く。
わ、やめろ、誤射したらどうなる!? ウリウリはそそっかしいから、絶対に誤射する。
「よかったですわね、オクサカさん」
ルリコさんが喜んでくれるのが、悲しくも切ない。
すいません、ルリコさん。オレ、あなたを騙してます。でもそれがあなたのためなんです。
「では出立する、ゆくぞ、おのおの型」
破流華が重々しく宣言する。け、おまえなんぞ、エンジンを交換したら、17ポンド砲の餌食だ。オレのルリコさんは強いんだぞ。
かくして、様々な思惑を秘めて、オレの戦車部隊は旅出ったのであった、本当にあるかも分からない戦車の楽園に向けて。
戦車の楽園とシャーマン・ラブ 七佳 弁京 @benkei-shichika
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