青葉しげれる...

@uzikintoki

青葉しげれる...

「あーおばしげれるさくらいの〜」


 私が遊びに行くとアイちゃん—ひいおばあちゃん—がいつもこの歌を歌っていた。

 よく車とかテレビとかで聞くような、嵐だとかSMAPとかとは全然違う曲の雰囲気で、歌詞の意味とかよくわからなかった。

 でも

「この歌はねぇ。アイちゃんの好きな歌なんだよ。」

 そう言いながら、おばあちゃんやおかあさんは嬉しそうに歌に耳を傾けていた。

 その様子をみていた私も嬉しかった。私もこの歌が好きだなぁって思った。


 アイちゃんは車椅子生活になっても、寝たきりになっても、おかあさんの事を忘れてしまっても、この歌だけは忘れなかった。



 私にとっては長い月日が経って、少しだけ大人に近づいた。学校や図書館、インターネットで歴史を学んだ。

 ある日私は、アイちゃんの歌を調べた。

 インターネットの海の中から見つけ出したアイちゃんの歌は、楠木正成の桜井の訣別を描いた唱歌だった。


 時は建武の新政。楠木正成は時の帝に湊川の戦いに行くように命じられる。既に足利氏優勢の世の中であった。

 桜井の宿で正成は息子正行と別れる。

〝自分はこの戦いで死ぬだろう。しかし、ここでお前まで連れていったら誰が帝の味方になるのだ?願わくば、お前は私の意思を継いでほしい〟

 だいたいこのような話である。

 どんな事があっても最後まで帝に忠誠を持ち続けた楠木正成の姿は、明治の頃にあった、尊皇思想によく合っていたようで、当時学校で習っていたらしい。


 どうしてアイちゃんはこの歌が好きだったんだろうか。

 今となっては絶対に聞くことが出来ない疑問が私の頭のなかをぐるぐる渦巻いてきた。

 私の記憶のなかのアイちゃんはいつもニコニコしていて、ちょっぴり天然で、孫やひ孫に愛されていて……私はそれしか知らない。

 この歌は正成と息子正行の訣別のシーンを描いた歌だ。

 アイちゃん、あなたはいったいどんな人生を過ごしてきたの?どうしてこの歌が好きなの?どんな、別れを経験したの?



 小学校2年生の確か6月にさしかかった日、家に帰ったらお母さんとお姉ちゃんが目をまっかにして泣いていた。さいしょはわけがわからなかった。ただ、学校を休むの嬉しいな、としか思えなかった。

 アイちゃんは眠っているようだった。

 冷たくなったアイちゃんの身体を拭いたときも、おぼーさんという人がながーいじゅもんを言っているときも、よくわからない木のクズみたいなのを見よう見まねでやっているときも、知らない人にたくさん会っても、ばかなわたしは、はやく終わらないかな。はやく助六のお稲荷さんを食べたいな、従兄弟と一緒に遊びたいな、と考えていた。

 次の日アイちゃんが『かそうば』という所に連れていかれた。

「ねぇ、アイちゃんはどうなるの?」

「アイちゃんはね…燃やされて骨になるの。」

 そのときになってやっと、もうアイちゃんとは会えないんだってわかった。

 1人大声をあげて泣いた。



 アイちゃんへ、もうアイちゃんとお別れして10年も経ちましたね。お別れしてすぐはお母さんもずーんと沈んでいて、なんだか暗くて重い空気がずっと漂っていたんだよ。

 でもね、時が経つにつれてそれは和らいでいったんだ。今ではアイちゃんの話題はたまーにしかでません。でも、アイちゃんの歌は1度もみんなの中には思い出されることはなかったよ。

 だけどね、私はずっと忘れなかった。昔はは歌詞を全然覚えていなくて、「あおばしげれる桜井の」ってところと、メロディーの音しか覚えてなかったから、時間はかかったけど、見つけ出したんだ。

 

 あのね、アイちゃん。

 私、最近考えるんだ。

 多分アイちゃんの歌は、あと数年、数十年、もしたら人々からは忘れられるんじゃないかって。おばあちゃんやお母さんが歌わなくなったように。

 まわりの友達にね、聞いてみたことがあるんだ。この歌知ってる?って。

 でもね、誰も知らなかった。

「へぇ〜。そんな歌あるんだね。

 そんな事より昨日のMステみた!?〇〇の 新曲良かったよねー!」って感じ。

 音楽の教科書に載っていない、有名でもない歌なんか、こんな扱いになっているんだよ。

 まぁ、私の友達だけかもしれないけれどね。

 有名でもない、昔の歌は忘れられる。昔の歌を知っている人も忘れられる。


 昔の人の人生も忘れられる。


 そんな世の中になっている気がするの。

 だからね。私は絶対に忘れないんだ。アイちゃんの歌。

 だってアイちゃんの歌を私が覚えていれば、アイちゃんの事を忘れることはないんだもん。

 それにね、私、やっぱりこの歌好きなんだ。

 アイちゃんが好きだったから、じゃなくて。

 いろいろ調べたうえで、だよ?

 だから、今日も歌を歌いましょう。

 アイちゃんに届きますように。

 記憶に残りますように。私だけじゃなくて、誰かの記憶に残りますように。誰かの記憶が思い出せますように。

 誰かの記憶を忘れないように。

 忘れたくない、忘れてたまるか。

 ちょっと音痴だけどそこは許してね。

 幼くて、何も知らない、知ろうとしなかった過去の私に、訣別を。

「あーおばしげれるさくらいの〜♪」






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