ハトノキ

安良巻祐介

 

 書き割りのような街を向こう側に見る、ひどく殺風景な広場に、大きな、ぼさぼさとした葉を広げた木が一本立っていて、僕はそれを見上げている。

 木の中には何かがいる。

 僕は、それはわかっている。でも、何か怖い気がするから、ずっと踏ん切りがつけられないでいる。

 頭の上に広がった、雲のない、うすい青色の空に、どこからか、白い煙がたなびいている。

 僕はそれを感じながら、どれくらい立ち尽くしただろうか、やがて、ゆっくりと、木の幹に手を伸ばした。

 木の肌はざらざらしていて、それでいて柔らかく、また少し温かかった。

 窪みに片方の手をかけて、その向こうの瘤に、もう一方の手を伸ばして、慎重に、僕は木の上に登って行った。

 枝を掻き分け、体を持ち上げる。

 茂った葉の中はまるで夜のようで、稀釈された、力のない日の光はほとんど届かない。

 僕は、その闇の中でしばし眼を閉じて、ため息をひとつつくと、てっぺんに近い、さらに濃い闇の中に、おもむろに手を伸ばした。

 僕の指は、そこに身を潜めていた、目指す小さな何かに触れた。そして、それを掴んだ。

 それは、ひんやりと冷たく、そして、柔らかい。

 手元に引き寄せると、半透明で、ただ小さな鳥の形をした柔らかいものが、ぶにゅぶにゅと指の間で垂れ下がっているのがわかった。

 僕は闇の中で、それを強く握りしめた。指と指の間から、ぶにゅ、とはみ出て、ほのかに甘い匂いがした。

 僕は、たまらなくなって、それを口元へ持って行った。

 真っ暗な視界なのに、鳥の頭の辺りに何か血管のようなものが透けていて、そこをぎゅるぎゅると粒のようなものが過ぎて行くのがはっきりと感じ取れ、気が遠くなるような心地がした。

 街の方で、お昼を告げる鐘が鳴って、遠くでざわざわと人が動いて行く気配がしている。

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ハトノキ 安良巻祐介 @aramaki88

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