第2話 エンド・ブラック
別に、勿体ぶったつもりはこれっぽっちもない。
我が心の声を何故か観測している貴君よ、取り敢えず我が身に降りかかった非現実的現象を簡潔にお伝えする。
メタフィクションを気取るつもりもないのだが、今のところ現実に存在しない誰かぐらいしかこの状況について相談できる相手が居ない俺の精神防御行為であるが故、可哀そうな生き物を見るような目で、じっとり眺めて頂ければそれでいい。
まずは、前回のあらすじ、もとい今現在の状況だが、以下の二行でだいたい説明完了する。
ひとつ――これは夢ではない(重大な精神疾患の可能性は捨て切れぬ)
ひとつ――怪奇! “万年筆”は生物だった!(しかも俺の欲望を具現化したような美女)
以上。
では、続けて、前回の話よりも更に少し遡って話をしよう。
コトの発端というやつである。生意気にも、初端から回想シーンをかまさせて頂く。
手前勝手で、まことに申し訳ない。別にメタフィクションを気取るつもりはないのだが(以下略)
ちなみに自殺をほのめかすような描写があるが、異世界転生はさせてもらえなかった。
行きたかったけどね、異世界。HP、ATK極振りのオークになって、何も考えずに破壊の限りを尽くすのだ。力だけが支配する世界の頂点に君臨したい。引きずりおろしたくば、誰か俺に愛の尊さを教えてくれ。
はい、以下回想。
20XX年のある夏の一日。時刻は日本時間PM15時ぐらい……マイナス2時間ちょい。
「ひひひ、死んでやる! もう死ぬしかねえんだ、俺は! ひゃはは」
商店街の隅っこに位置する二階建てボロアパートの一室で、いそいそと最後の身辺整理を進めていた俺の顔は、さぞや狂気に満ち満ちていたことであろう。
人前では絶対こんなキャラにはならない。
これは回想シーンだからある程度冷静に振り返ることが出来るのだが、”彼女”と出会うまでの俺はどうかしていた。
正確には、この回想対象の時系列から更に3年遡った辺り――ようは入社直後――から、この瞬間まで、だろうか。
俺は、自ら命を絶つ為の準備を着々と進めていた。
ちなみに、どうやって死ぬかは、正直あんまり考えていなかったが、とにかく正常な精神状態ではなく、何をしでかすか分からない危険人物になりかけていた。
「せいせいするぜ! もう”あいつら”の顔を見なくて済む! ……明日からは! 吐き気を堪えて起きなくたって、腹痛に耐えながら電車に乗らなくたって――」
それだけが、その時の俺の望みだった。
異世界転生のことなんて頭にございません。
何故俺が、こうも追いつめられてしまったのかということについては、どうか割愛させて頂きたい。
あまりにも笑えない、ありふれた内容であり、詳細に語り始めるとそれだけで長編小説が書きあがってしまうからだ。どんな上司でも撲殺可能な分厚さになることを約束する。
下準備は半年以上前からずっと進めていた。――誰にも明かしたくない趣味とか、性癖が割れそうなものを片っ端から処分するぐらいであったが。
どんな些細なことでも、何かきっかけさえあれば決行するつもりだった。
そんな中、この日の朝はどうしても起床することが出来ず、人生初の無断欠勤を行っていた。
それを、きっかけと考えた。
そして今、プライベートPCからセクシャルなメディアを全て削除し終えたことにより、いよいよもって、計画は最終段階へと移行する。
「あとは……遺書ぉ!」
スパァンと先ほどコンビニで買ってきた原稿用紙をちゃぶ台の上に叩きつける。多分、人生で最高に活力に溢れている瞬間だったのではなかろうか。
さぁ、思うがままに書き綴ろう。この世への怒りと憎悪を。ゆっくりとひとつひとつ、身の毛もよだつようなおぞましさで!
自ら旅立つことを、詫びるべき相手はもうこの世界には居なかった。
元作家だったらしい父親は、俺が幼い頃に病死している。幼い頃からの病が原因だったらしい。
短命を承知でそんな父を選び、父が居なくなってからはひとりで俺を育ててくれた母親もまた、俺が就職活動を終えた頃に過労が祟ったのか、病気で逝ってしまった。
こんな境遇だから、死ぬことに対して抵抗がなかったのかもしれない。
もし死後の世界があるのなら、父と会ってみたいし、俺の為に無理をさせてしまった母には謝りたい。
俺が何かを伝えたい人間は、もう彼岸へ渡った先にしか居ないのだ。
「……そういえば、”アレ”を使うなら今しかないか」
両親に対して思いを馳せたからだろう。ここ最近、すっかり存在を忘れてしまっていた―――だがきっと、忘れてはならなかったであろう物のことが、頭の中に浮かんでいた。
あまりに皮肉な発想も、同時に。
父の形見であり、母親からの就職祝いになる予定が、結局形見となってしまった”万年筆”。
見ているだけで、やりきれない思いになるからと、ずっと見えないところに保管していた。
これを、遺書に――この世全てに対する呪詛を綴る為に、使おう。
なんという親不孝者だ。だが、一度も使わずにこの世を去るのも憚られたのだった。
それに、たしか己の死期を悟った父も、同じようにこの万年筆で、残される母や俺への文をしたためたという。
声も、顔すら忘れてしまった父に、少しは触れられるような気がした。
多少の逡巡は当然あった。が、全てに対し投げやりになっていた俺は、両親の想いを踏み躙るような行為であることから目を背け、押し入れの奥底からソレを取り出した。
そして、俺は彼女と出会う。
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