ある転生者の末路①
目が覚めた時、俺は蛙になっていた。
とはいっても、すぐにそうとわかったわけじゃない。
まず、地面がものすごく近い。
この時点で、自分の身体に何かしらの異変が起きたということだけはわかった。例えば、首から下を埋められているだとか。それならば地面とのこの距離も納得である。しかし、それでは説明出来ないことがある。
周りのものがとてつもなく大きい、ということだ。
もちろん俺だって、この世界のすべてのものを見たことがあるわけではないから、もしかしたら映画館のスクリーンかってくらいの大きさの葉っぱやら、どこからどう見ても蟻にしか見えないのに、大型犬くらいの大きさがある昆虫なんていうのも、存在しているのかもしれない。
そろそろ事実を受け止めろ、俺。
そんな奇天烈な世界に迷い込んだというよりは、自分自身がそんな奇天烈なことになっていると思った方がしっくりくる。なぜって、恐る恐る薄目で確認した俺の下半身が何やらぬらぬらと光っていたからだ。その上、色は青。いっそ夢なら良かったのに。その真っ青な指先には水かきがあって、それでやっと「蛙なのではないか」と思い至ったというわけである。
俺は生ぬるく、心地よい水にうたれていた。
それはどうやら雨のようで、人間の頃には憂鬱すぎたそのジメジメとした空気も、この姿だとかなり快適な環境らしい。俺はぴょんぴょんと左右に飛び跳ね、この雨が永遠に続けば良いのにと願った。
とりあえず蛙で生きるとして問題となるのはやはり『食』である。
いくら姿は蛙でも中身は人間なので、さすがに虫を食うのには抵抗があった。だから葉っぱやら花びらやらをちびちびと
俺の願いが届いたのか、面白いほど雨は降り続けた。俺はこの世の春とばかりに浮かれて踊りまくった。
雨雨降れ降れどんどん降れ。
機嫌よく歌いながら右に左にと飛び跳ねていた時だった。
ずるり。
足が滑った。
蛙でもやはりそういうことはあるらしい、と、妙に冷静に考えていたのも束の間。
俺は地面にぽっかりと空いていた穴に落ちてしまった。
あぁ、もう駄目だ、と思っていたその時。ふわりと身体が光ったように思えた。その次に自分の周囲に分厚い水の膜のようなものが張られていることに気が付いた。俺自身が水の塊にでもなったようだった。
ぼちゃん。
気付くと俺はでかい風呂の中にいた。どうやらここに落ちたらしい。風呂とはいっても、中に満たされているのは湯ではなく水だったし、恐らく俺を囲んでくれていた水の膜が元の状態に戻っただけなんだろうが。
ただまぁ、蛙の身には湯より水の方が心地よい。足はまったく届かなかったが、そんなことは問題ではない。何せ俺は蛙なのだから。
すいすいと泳いでいて気が付いた。
人間のガキが俺のことをじっと見つめているのだ。
何やらうにゃうにゃと理解出来ない言葉で、俺に向かって話しかけているようだった。英語とかではない。しゃべれるわけではないけれども、これでも一応義務教育くらいは受けているのだ。さすがに英語なら英語とわかる。ただ、これがフランス語とか中国語となると怪しいが。
そいつの見た目は完全に日本人だった。着物なんかも時代劇で見たことがある。イメージとしては、貧乏な農村のはなたれ小僧って感じ。
ははん、成る程。
俺はどうやらこの世界に転生したらしい。
いつどうやって死んだのかは正直記憶にないが、ついこないだまで俺は別の世界にいたのだ。ちょっとした手違いとかでいたずらに能力を操作され、レベルMAX状態で剣と魔法のファンタジー世界に飛ばされたものの、そこの魔王とやらにこてんぱんにやられたのである。
今回はこの姿でスタートということか。
ということは、さっきの水の膜も秘められた俺の力ってやつなのだろう。成る程成る程。水を操る蛙か。まぁどうせ転生したということは当然のようにチート能力者なんだろうし、まぁ良いか。のんびりやろう。
あぁもう、うにゃうにゃうにゃうにゃわからねぇ言葉でうるせぇなぁ。せっかく俺――
「うるせぇって。見んな。見んな」
おぉ、しゃべれるんじゃん。
やはり俺はただの蛙じゃないわけだ。水を操り、人語をも操る、と。これはもうこいつらからすれば神の使いポジションだろうな。くふふ。
案の定、そのはなたれ小僧は目を剥いて驚いていた。「もにゃ」らしき言葉を吐くと、そいつは俺を抱えて外へと飛び出したのである。
何だよ、おい。どこに連れてく気だ。
あーでも雨は良いなぁ。最高。もっと降れ降れ。
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